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2019年

日付 雑記
12月18日(      ♪遅ればせながら、ジェリーさん追悼
 10月12日の午後、大阪方面を中心に、多くの知り合いの方から、携帯電話にメールが届きました。
 なんと、ジェリー・マギーさんが、お亡くなりになったとの事。
 折りしもソロ・ツアーのため来日中である事は承知していましたから、大変驚きました。
 ツアー序盤で体調を崩し、残りのスケジュールがキャンセルになったという情報も入っていましたから、心配はしておりましたが、まさか天国に召されるとは想像もしていませんでした。

 ノーキーさんがお亡くなりになった時もそうであったように、ここは心を込めて、追悼の特集でも組まなければいけないところでしたが、事もあろうに、ちょうどこの頃、通信機器の故障で、デスクトップPCのインターネット接続や、メールの送受信がまったく出来ない状態にありました。
 しかも、その原因の解明に多くの日数を要し、復旧した時には、完全にジェリーさん追悼の意を表明するタイミングを逃してしまいました。
 ネット接続の復旧後、PCの方にも、多くの方からメールをいただいていた事もわかりました。
 このような事情により、すぐにお返事ができなかった事を、改めてお詫び申し上げます。

 いささか遅すぎますが、ここに改めて、偉大なるギタリスト、ジェリー・マギー氏のご冥福を、心よりお祈り申し上げる次第です。

 ジェリーさんの一番の思い出といえば、なんと言っても1973年に、メル・テイラー&ザ・ダイナミックスの一員として来日した時の事でしょう。
 9月6日、ツアーの最終日、千葉県文化会館で見たジェリーさんの雄姿は、本当にカッコよかったです。
 大ホールでの公演なのに、観客が200人程度と、信じられない不入りの状況にもかかわらず、一切手を抜く事なく、素晴らしいテクニックの数々を披露してくれました。
 実際のチケットの座席番号は、前から10列目あたりでしたが、開演前にステージの袖から顔を覗かせたジェリーさんが、律儀に後ろの方に座っていたお客さんに向かって、
「ドウゾ、ドウゾ(もっと前に来てください)」
と手招きしているのに誘われて、ちゃっかり最前席の、しかもジェリーさんのまん前に移動しました。
 それまでレコードや写真でしか見たり聴いたりした事がなかったジェリーさんが、自分のわずか数メートル先で、あのゴールドのレスポールを操っているのです。
 時よ、止まれ!
 夢なら覚めないでくれ、と本気で思ったものです。
 まだ音楽や楽器の知識が少なかった少年にとって、ジェリーさんがサム・ピックで演奏しているのがわかった時も、新鮮な驚きでした。
「あのピックを使っているから、サウンドに独特なニュアンスが出せるんだ!」
と、分かったようなことを思っていました。
 その頃は「サム・ピック」なんて言葉も知らなかったのですが、このコンサートの翌日、早速楽器屋へ行って、一つ仕入れてきたのを覚えています。

 もう一つ思いで深いのは、1984年に、体調不良で来日できなくなったボブ・ボーグルさんの代役として参加した時。
 この頃は、インターネットなどない時代。ボブさんの不参加や、ジェリーさんの代役参加の情報は、事前にまったく耳に入っていませんでした。
 この年、最初に見に行ったのは、ホール公演ではなく、新宿の「ムーランドール」という、大きなキャバレーでした。
 知り合いのベンチャーズ・ファンのSさんと開演を待っていると、緞帳のないステージで、スタッフが準備をしているのが見えます。
 日本人のスタッフに混じって、背の高い外国人のスタッフらしき人物が、ベース・アンプの前でサウンド・チェックをしています。
 Sさんと「あの人、ちょっとジェリーに似ているね」なんて会話をしているうちに、開演時間になり、メルやドン、ノーキーが次々とステージに現れ、位置につきました。
 ところが、ボブ・ボーグルさんがいつまでたっても登場せず、例の背の高い外国人スタッフが、そのまま引っ込まないでいます。
 あれれ、と思っているうちに、メルのドラムとともに、オープニングの「ウォーク・ドント・ラン」が始まってしまい、外国人スタッフはノーキーの横に立って、ベースを弾いているではありませんか!
「まさか、そんな事が!」
僕とSさんは興奮しました。多分間違いないと思いながら、
「ジェリー!!!」
と声援を送ってみました。
すると、背の高い外国人は、こっちを見て、最高の笑顔で応えてくれました。
 なんと、その人は「ジェリー・マギーに似ている外国人スタッフ」ではなく、ジェリー・マギーその人であったのでありました。

 その他、ジェリーさんの思い出は、語りつくせぬほどたくさんありますが、それはまた、別の機会に譲る事にしましょう。

12月9日(         ♪無事終わりました
 昨日行われた、2019年鎌ヶ谷北部クリスマス・コンサート、今年も満員のお客様に来ていただき、大盛況のうちに終了しました。
 いつもは、メンバーの中で一番遅く会場入りするレッテレが、珍しく今年は一番乗り。
 アンプのセッティングの時間になると、ちゃっかりベース・アンプを向かって左から2番目に寄せて、自分のアンプを一番左端に置きました。
 4人編成でやる時は、この配置じゃないと、どうも気分が乗らないんです。
 毎年悩まされる「爪の割れ」にも襲われず、平穏無事なステージで、今年をしめくくる事ができました。
 毎年暖かいご声援を下さる鎌ヶ谷の皆さんには、本当に感謝です。
 来年も、ぜひ呼んで下さいね。

 ところで、去年までちょっとゆるかった青いズボン、今年はウエストがぴったりだった。
 これは、どういう訳でしょう?(^^;)

12月5日(         ♪今年もやりますよ!
 毎年恒例の、鎌ヶ谷クリスマス・コンサート。
 RWF年に一度の'70年代ベンチャーズ・トリビュート・ライヴが、今年も開催されます。
 お時間のある方は、ぜひ鎌ヶ谷で、熱いクリスマスのひと時を過ごしていただきたいと思います。

北部クリスマス・コンサート

12月8日(
)

場所 鎌ヶ谷市北部公民館
   (東武アーバンパーク・ライン 六実駅から徒歩10分)

開場 13:00

開演 13:30

 第1部 Dream(昭和歌謡)

 第2部 R.W.F('70年代ベンチャーズ)

 なお、今年は事情により、キーボードのデイジー・ミーが来日中止となったため、久々の4人編成でのステージとなります。
 キーボードがいないと、まったく手を抜けないので、タイヘンキビシイデス。
 4人編成ならば、ステージでの立ち位置は、向かって左端を狙います。
 当日朝一番、ちゃっかりギター・アンプを左端にセットしちゃう予定です。

9月1日(         ♪デラニー&ボニー

 月日のたつのは速いもので、前回の更新から、あっという間に5ヶ月が過ぎてしまいました。

 近況報告としましては、ここ数年、ベンチャーズがカバーしたアーチストの楽曲の、オリジナルを仕入れて聴く事が多いです。
 1960年代中盤から、1970年代前半にかけての、色々なアーチストのアルバムをずいぶん仕入れました。
 図書館の蔵書を検索して、ある物は借り、ない物はタワー・レコードに注文して、取り寄せてもらいました。

 そんな中で、1974年の来日公演でリーシャが歌った「カーペンターズ・メドレー」の中の「スーパー・スター」
 これはてっきり、レオン・ラッセルがカーペンターズの為に書き下ろした曲だとばかり、勝手に思っていたのですが、そうではなかったのを最近になって知りました。
 オリジナルは、デラニー&ボニーで、原題は"Groupie"、1969年に発表され、その2年後の1971年にカーペンターズがカバーして大ヒットしたのですね。

 デラニー&ボニーといえば、ジェリー・マギーがレコーディングに参加した時期もあったという、我々'70年代ベンチャーズ・ファンにとっても、ちょっと気になるアーチスト。
 これは仕入れない手はないだろう、ということで、図書館蔵書を調べたところ「スーパースター/デラニー&ボニー」ではヒットしなかったので、早速タワー・レコードに注文。数日後、こんなジャケットのアルバムが届きました。

▲Delaney&Bonnie/D&B Together

 お目当ての「スーパー・スター」は、カーペンターズのバージョンとは全く趣が異なり、ゴスペル調の、泥臭いアレンジになっておりました。
 でも、デラニー&ボニー夫妻の奥さんである、ボニー・ブラムレットの声が、なかなかいい感じで、タイプです。

 ただし、残念ながら、レコーディング参加メンバーの一覧には、ジェリーの名前はありませんでした。
 けっこう楽しみにしていたので、がっかりです。

 ところが、しばらくして、図書館で面白そうなCDを物色していたところ、偶然デラニー&ボニーの別のアルバムを発見!

▲Delaney&Bonnie/
THE ORIGINAL DELANEY & BONNIE

 そして裏ジャケットを見ると、なんと愛しのジェリーさんが、写真入りで紹介されているではありませんか!


 もちろん即貸し出し手続きをして、家に持って帰って聴きました。
 レコーディング風景を見た訳ではありませんから、どの曲のどの部分をジェリーが弾いているかは、定かではありません。
 でも「おそらくここはジェリーだろう、いや、ジェリー以外の何者でもない」というフレーズが、いたるところで鳴っておりまして、とてもエキサイティングです。

 デラニー&ボニーの別のアルバムも仕入れてみようかな、と思ってネットで検索しましたが、ジェリーが参加しているのは、どうやらこの1枚だけのようです。残念!
 
4月7日(         ♪’70年代限定ライヴ!!

 先日、大阪の岡本さん、ジョー山之上さんからメールをいただきました。
 3月31日に、ライヴハウス「Live Bar D.V」にて、岡本さん率いる「1975」と山之上さん率いる「スカイラバーズ」の、’70年代ベンチャーズ限定のジョイント・ライヴが行われたとの事です。

 いやあ、画像を見ていただければわかると思いますが、そのこだわり様は尋常じゃありません。
 しかも、ベンチャーズ・コピー・バンドが2組出演して、ベンチャーズの代名詞である「テケテケ」の入った曲を、1曲もやらなかったというのですから、これはもう、関心を通り越して、笑ってしまうしかありませんね。

 いまだに’70年代を熱く体現し続ける大阪の方々のお便りをいただいて、とても元気が出ました。
▲岡本さん率いる「1975」
ステージ衣装、ひまわりバッジ、楽器の配置、ツインバス、エイトブラザースのフル・セット、ほんとにこだわり抜いています。
さらに、リーシャまでいますよ。まさに完璧です。
▲スカイラバーズです。
ドラムのジョー山之上さん、ベースのロバート北村さんとは、レッテレも5年前に共演させていただいてます。
 写真の角度が、’74年の日比谷野外音楽堂みたいでカッコいいですね!
▲ツインバス、エイトブラザースのフルセットに鎮座するジョー山之上。
 そういえば、山之上さんのハンドルネームは「エイトタム」
 ほんとに好きなんですね。(^^;)
「使い慣れていないので、タムタムが遠く感じた」そうですが、とても幸せそうな表情です。
 
3月31日(         ♪桜が咲きました

 例によって、自宅近くの公園にて、昔のUSAフェンダー・カタログ風の記念撮影です。
 月日の過ぎるのは早いもので、愛器レッテレも、今年の暮れには、満10歳を迎えます。
 楽器の方は、まさに脂の乗った状態になって来ましたが、使い手の方が、どんどん枯れていく一方で困ります。(^^;)
 このところ、寒いとギターを弾くのも億劫になって、ついついサボりがち。
 だいぶ暖かくなってきたし、ぼちぼち始動しなければいけませんね。

3月24日(      ♪内田裕也さんのお宝画像が・・・

 18日の更新後、青森の横山さんからメールをいただきました。
 当欄を見て、ハタと思い出したそうです。
「あ、正月にレッテレさんに送った画像は、千葉文化会館じゃなくて、東京年金会館だった!」
 しかも、内田裕也さんが出演した、7月12日だったというではありませんか。
 今からおよそ45年前、奇しくもあの同じ会場で、同じ空気を吸っていたとは、特別なご縁を感じざるを得ません。

 そして、ベンチャーズ関係資料の再発掘を行った結果、この公演当日のベタ焼きプリントが見つかったそうです。

 これは貴重です。
 なぜなら、裕也さんがベンチャーズをバックに熱唱しているシーンに他ならないからです。
 現在、ネガを捜索中とのことですが、発掘されれば、裕也さんとベンチャーズの共演シーンが、もっと高画質で見られるという事なので、発掘の成功を心から祈らざるを得ません。

 ユーヤ・ミーツ・ザ・ベンチャーズ、アゲイン!


3月18日(        ♪内田裕也さん逝く

 17日の朝、内田裕也さんが亡くなりました。

 裕也さんといえば、我々'70年代ファンにとっては、なんと言っても、ベンチャーズとの競演アルバム「ハリウッド/ユーヤ・ミーツ・ザ・ベンチャーズ」
 このアルバムが発売された1975年のベンチャーズの東京公演、7月12日の新宿厚生年金会館の昼の部に、裕也さんがゲスト出演ましたが、レッテレは幸運にもその場に居合せました。
 司会の河野嘉之さんから、アルバム制作に関するエピソードを聞かれ、
「俺は渚ゆう子じゃないから、ロックンロールしかやんないよ、って言ったんだよね」
と、あの口調でキッパリと答えていました。
 その後、ベンチャーズをバックに歌った「ハウンド・ドッグ」めちゃくちゃカッコよかったです。

 昨年のノーキーに続いて、また今年も3月に大きな存在を失ってしまい、寂しい限りです。
 心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

2月24日(        ♪今年も来るんだ!!

 外出から帰宅して郵便ポストを覗いてみると、こんな葉書が届いてました。
 ベンチャーズの、今年の東京公演の先行予約葉書ですね。
 今年も来るんだ。
 オリジナル・メンバーが一人もいなくなっても、相変わらずの人気を維持しているのはたいしたもんです。
 まるで、グレン・ミラー楽団やポール・モーリア楽団のようですね。
 ベンチャーズのコンサート、ドンさんのラスト・ツアー以来顔を出してないけど、今年はどうしようかな。

1月5日(       ♪新年早々、BIGなお年玉が!

 これまでにも、数々のお宝画像を提供してくださった、青森の横山さんから、またまた貴重な画像を送っていただきました。
 横山さんによれば「多分」1975年、千葉文化会館公演のものであろうとの事です。
 いやあ、この時代のステージ写真、いつ見てもゾクゾクしますね!

 大きな画像は、こちらからどうぞ。
Vの泉 1975年ステージ画像
1月4日(       ♪久々の更新です!

 お待たせしました。
 試作品レベルで眠っていたものが、ちょこちょこあったので、多少いじくってUPしました。
 のマークがついているのが、今回UPした物です。
 とりあえず、リード・ギター用のマイナス・ワンしか用意できませんでしたが、僕自身もこのカラオケを使って練習して、なるべく早いうちに、デモ演奏や、リズム・ギター用、ベース用も完成させたいと思います。
 個人的な練習用に作った物もあるので、仕上げは少々荒い曲もありますが、練習のお供としては、なんとかお役に立つのではないでしょうか。
 簡単な説明を「能書き」のページに添えておいたので、参考にして下さい。

  
レッテレとエレキを弾こう!
   '70年代ベンチャーズ・カラオケ

 
▲'70年代ベンチャーズ・カラオケをOPENしたのが2006年ですから、もう12年も使っているMTRです。今回も頑張りましたTASCAM/DP-01FX君に、拍手を送ってがねって下さい。
1月1日(
その3
      ♪やっと思い出しました!

 しかし、なぜか今日は4時から早々と「笑点」が始まっちゃったじゃあありませんか。
 僕は、笑点が始まると、飲酒のGOサインが出てしまう体質なので、せっかくカラオケ制作作業の手順を思い出しましたが、取り掛かるのは明日からと言うことで。(^^;)
1月1日(
その2
      ♪正月早々、大苦戦!

 最近はお酒もすっかり弱くなって、元日だからと、朝から軽く一杯やりましたが、あっという間に睡魔に襲われて沈没。

 以前は、お正月は飲んで飲まれているうちに明けちゃったもんですが、今日はとりあえず夜まで控える事にしたら、テレビも面白い番組やってないし、目が覚めると何もやる事がない。

 そこで、去年はコンテンツの更新らしい更新をせずに終わってしまったのを反省し、久々に「’70年代ベンチャーズ・カラオケ」のレパートリーを増やそうと、機材の電源を入れ、ソフトを立ち上げましたが。
 はて、パソコンで作ったカラオケ・データをマルチ・ミキサーに取り入れる方法を、すっかり忘れてしまっています。
 未完成の曲が何曲かあるので、お正月休みのうちに、マイナス・リード・ギターぐらいは完成させたいと思ったのに、コマッタナア・・・。
 なんとか今日のうちにでも思い出せるといいんですけどね。

1月1日(
その1

    ♪新しい年になりました♪
▲2019年1月1日0j時00分の、赤いスカイツリー

 1970年代が、また少し遠くになっちゃいましたけど、いつまでも記憶にとどめておけるよう、頑張ってこのHPを続けて行けたらと思います。

           2019年1月1日   虹沢 秀