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2004年8月

日付 雑記
8月31日(  8月ももう終わりですね。暑かった今年の夏もあとわずか、という感じです。
 突然ですが、当ホーム・ページにおいては、今月一杯(今日1日しかないですが)をもちまして、掲示板を廃止させていただく事にしました。
 理由は色々ありますが、多くを語らない事をお許し下さい。
 ホーム・ページ開設以来、掲示板において、皆様に多くの楽しい思い出をいただきました事を感謝いたします。長い間、本当にありがとうございました。


8月17日(  先日、当ホームページの掲示板において、HGさんから提示された「ノーキー・エドワーズ1stソロ・アルバム」の英文ライナー(日米両盤)を、横浜のマーちゃんさんが画像提供してくださったので、UPさせていただきました。

「Vの泉」コーナーの、1971年に保存されています。


 8月1日(  いやあ、今年の夏の、なんと暑い事!
 ここ数年、炭酸の抜けたコーラのような夏が続いておりましたが、こんなに気合の入った夏は久しぶりですね。
 先日の「東京の最高気温39.5℃の日は、この後いったいどうなる事かと思いましたが、どうやらあれがピークだったようで、ほっとしています。
 とはいうものの、まだまだ厳しい暑さが続きそうで、個人的にはビール、発泡酒の摂取量が例年を大幅に上回る事は、間違いありません。

 さて、昨夜横浜の大口にあるライヴ・ハウス「スター・シップ」で'70年代ベンチャーズのコピー専門で頑張っている「ヘンリー・小島&ザ・マジックナイツ」のライヴを応援に行った事は、すでに掲示板でご報告しましたが、この編集雑記帖は、僕自身の不定期な日記替わりでもありますので、話が重複する事を承知で、その時のエピソードをご紹介します。


   スターシップへの道(ジャーニー・トゥー・ザ・スターシップ)

 毎回3〜4バンドほどが出演するこの「月例オールディーズ・ライヴ」ですが、マジックナイツは毎回トップ・バッターの重責を務めております。
 虹沢は土曜日にはどうしても19:00まで目白の仕事場を離れられないため、いつも駆けつけた時には、マジックナイツのステージが半分近く進行してしまっています。
 昨夜もお店入り口のドアを開けた時には、キーボード入りの「スカイラブ」が聴こえてきました。
 リード・ギタリスト、ジミー島本さんの事前のお話では、今回は’73年のステージを再現してくれる、という事でしたが、美人キーボーディスト、スージー勝村さんが在籍している利点を生かし「スカイラブ」や「恋人よ飛んでおいでよ」などは、あえてスタジオ・テイクで演奏している訳なんですね。
 それにしても「恋人よ飛んで」自体、演奏しているバンドも珍しいと思いますが、スタジオ盤のコピーとなると、ますます皆無ではないかと思われます。'70年代魂溢れるマジックナイツの面目躍如といったところでしょう。
      ヘンリー・小島&マジックナイツ
    画像提供:I Love We Love Eleki Guitar
(画像は2003年10月の「第2回エレキ・インスト・サミット」の時のものです。)

 遅れて行きながら、ずうずうしくステージ前のかぶりつきに着席するなり、
「スカイラブもっかいやれー!」
などと野次を飛ばす虹沢を、演奏中のメンバー全員笑顔で迎えてくれたのですが、ステージ右端に立つジョニー反田さんの姿を見た途端、ぶっ飛んでしまいました。
 なんと、ベンチャーズのダン・ウィルソンが'70年〜'73年にかけて使用していたのと同じ形状の「ギブソンSG」を抱えているではありませんか!

   
      これは'72年の本物のダンさんです。

 前回の「1975年トリビュート・ライヴ」にお邪魔した時、ステージ後の歓談で、したたかに酔った虹沢は、失礼にもジョニーさんに向かって、
「君ぃ、'70年代のベンチャーズやるんだったら、ジャズ・マスターだけじゃなくてさあ、SGも持ってなきゃだめだよ、うぃ〜。」
などと言ってしまったのですが、その時ジョニーさんは、
「いやあ、そんな高いギター買えないですよ。」
苦笑いをしていただけなのです。いつの間にか本当に買ってしまうんだから、そりゃあ虹沢はびっくりしましたよ。
「おお!」
と驚く虹沢の顔を見て、ジョニーさんは「してやったり」とばかりに、ニヤリと笑いました。
 後で聞いたところによれば、ネット・オークションで落札されたとの事ですが、いや、恐れ入りました。ただただ脱帽するのみです。
 虹沢にデジタル・カメラを持ち歩く習慣がないため、その雄姿をお目にかけられないのが残念です。
「アパッチ」のリード・ギターが「ヒュッ、ヒュッ」を入れる部分で「アームを使ってくれ」と虹沢がジェスチャーで要求すると、アクションだけで派手に反応してくれたり、そうかと思うと「スカイラブ」ではラストの「ア〜〜〜」というコーラスを堂々と決めてくれたり、ジョニー反田さんのよさ、そんな所だと思います。
 ライヴの前半を見逃した虹沢は見られなかったのですが、ジョニーさんはしっかり「悲しき街角」と「ジャンバラヤ」で、ゴキゲンな喉を披露してくれたそうです。

 見逃したといえば、ジミー島本さんの足元に置かれた「CryBaby」を見て、
「あ、アイム・ア・マンとギミ・サム・ラヴィンもやったな!」
とすぐわかりました。これも是非聴きたかったなあ。

 ベースのスティーブ小野澤さんは、ステージ中は割と堅実に、真面目な顔でプレイに没頭しているんですけど、虹沢がステージ・ネームを無視して「ボブさ〜ん!」と声をかけると、笑顔で応えてがねって下さるのが、とても好感度高いです。
 ボブ・ボーグル特有の16分音符フレーズをしっかり決めて、キャラバンのベース打ちではヘンリーさんとのコンビネーションもバッチリでした。
 
 バンド名上のリーダー、ヘンリー・小島さんは、いつにも増してリム・ショットがバッチリ決まっていました。
 どこでライヴをやるにも必ず持ち込むという、アクリル製のスモール・タム、ジョー・バリルやメル・テイラーをコピーするには欠かせないレギュラー・グリップでのスティックさばきとともに、'70年代ファンにはうれしく、かつ重要な部分ですね。

 美人キーボーディストのスージー勝村さんは「朝日のあたる家」のソロを’74年の完全コピーで見事に奏でてくれましたが、その他の曲でも、デイヴ・カーやビフ・ビンセントの音色をよく研究している事が伺える音色で、マジックナイツのサウンドに大きな幅を持たせていました。

 そして実質上のリーダー、ジミー島本さんは、右足に体重をかけ、左足を前に出す「ノーキー・スタイル」で、テレキャスターを自在に操っていました。
 以前の愛器、赤いテレキャスターの調子が悪いため、このところその替わりのギターを模索していらっしゃるようですが、この日はナチュラル・フィニッシュのテレキャスターを使用。
 ステージ後、ちょこっと触らせてもらいましたが、弦高調整が絶妙で、とても弾きやすいギターでした。フレットの形状も、写真や映像で見るノーキーのテレキャスターと同じ、幅広でフラットのタイプ、弦の太さもノーキーと同じ、3弦が「014」ということで、ジミーさんのノーキーに対する熱い思いが、ヒシヒシと伝わって来ました。
 司会進行も担当するジミーさんですが、’73年トリビュートにもかかわらず、アンコール前のMCが、
「そうですね、アンコール曲なんてのは、かなり派手な方がいいですね。ベンチャーズ極めつけの曲なんか行きましょうか。」
と'71年の宇月さんになってしまったのが、ご愛嬌でした。でも、
「Take CARAVAN!」
は、迫力あったなあ。

 ステージ時間の関係からか、アンコール前の「ワイプ・アウト」がカットされたため、客席から
「ラ〜スト・ワ〜ン!」
を決められなかったのが、個人的には残念でしたが、'70年代にドップリと漬かれた、素敵な夜でした。