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2004年4月

日付 雑記
4月28日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 29.赤い記念碑(4)」
をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

4月25日(  昨日の夜、横浜は大口のライヴ・ハウス「スターシップ」に、’70年代ベンチャーズ・コピー・バンドの「ヘンリー・小島&マジック・ナイツ」の応援(邪魔?)をしに行ってきました。

ヘンリー・小島とマジック・ナイツ
画像提供 I Love We Love Eleki Guitar
(この画像は2004年2月28日のものです。)

 夜7:30開演にもかかわらず、7時まで仕事を抜けられなかった虹沢がお店の入り口に着いた時、中からは♪キープ・ジャパン・ビューティフル♪が聴こえて来ました。
 受付でチケットを買うのももどかしく、駆け込んで席に着くと、ステージではリード・ギターのジミー・島本さんがアコースティック・コーナーのためにイスをセットしているところでした。
 曲目はもちろん♪アイ・ガッタ・ウーマン♪
 この日は前回の'74年に続く「'75年トリビュート・ライヴ」ということでしたが、この難曲をもしっかり押さえているところは、さすがはマジック・ナイツだと思いました。
 選曲やステージ構成ももちろんですが、最高に楽しいのは、ジミー・島本さんやヘンリー・小島さんのMCです。
 遅刻した虹沢の顔を客席に見つけるやいなや、いきなり、
「マジックナイツ何回目?」
「ベンチャーズのレコード何枚ぐらい持ってるの?」
と、ステージ上から'75年ライヴ盤インタビュー攻撃をしかけてくるのには笑いました。
 こちらももちろん、
「えーと、20枚ぐらいです。

なんて答えてしまうわけなんです。マジック・ナイツのよさ、そんなところだと思います。

 それと、彼らの「こだわり」を示すエピソードをもう一つ。
 ライヴ終了後、美人キーボーディストのスージーさんに、
「朝日のあたる家のソロやバッキングは、’74年、'75年、'76年で全部変えているんですか?」
と伺ったところ、
「もちろんその年ごとに全部変えています。」
という答えをいただき、さすがだなあ、と思った次第です。


「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 28.赤い記念碑(3)」
をUPしました。

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4月21日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 27.赤い記念碑(2)」
をUPしました。

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4月18日(  本日は、東京ドームで日本ハム−ロッテ戦を観戦してきました。
 同行したのは、T.A.D.のドラマー中尾 丈と、シンガー・ソング・ライターでピアニストのKAZZ KUBO氏。
 KAZZ KUBO氏は、虹沢や中尾より若干先輩の方で、なんと「大毎オリオンズ」時代からのロッテ・ファンという筋金入り。
 虹沢、中尾とは15年来の旧知の仲ですが、初めて知り合ったのはナイト・クラブのバンドの仕事で一緒になった時でした。休憩時間に「自分が音楽をやろうと思ったきっかけ」の話になり、世代的に虹沢と同様、ベンチャーズがきっかけとの事で、すっかり意気投合。
 さらに、KUBO氏が初めて自分の小遣いで買ったレコードが「夢のマリナー号/バード・ロッカーズ」のシングルだったと聞いた虹沢が、その日のうちに「夢のマリナー号」のパート譜を書いて、翌日メンバーに配り、バンドで演奏してしまったというエピソードもありました。
  
夢のマリナー号/
バード・ロッカーズ

ザ・ベンチャーズ
 ちなみにその時のKUBO氏のオルガン・プレイは、#が5つもつくむずかしいキーの初見演奏だったにもかかわらず、完璧でゴキゲンなものでした。

「夢のマリナー号」といえば、この曲を'74年の来日メンバーのベンチャーズが演奏したらどんなになるだろう、と考えるとワクワクします。
 その他にも「星への旅路」「トゥモローズ・ラヴ」等、オルガンの入ったナンバーを、デイヴ・カーやジョー・バリルが参加したメンバーが演奏するのを想像するのは、大変楽しいものです。
 いずれMIDIデータを打ち込むか、T.A.D.のメンバーの賛同を得てバンドで演奏するなどして、そのサウンドを表現してみたいと思っております。


「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 26.赤い記念碑(1)」
をUPしました。

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4月11日(  最近、T.A.D.の活動再開(月1回のスタジオ練習程度ですが)にともない、なるべく毎日10分でもギターに触るようにしておりますが、ほぼ10年振りにまともにギターを弾こうとして、改めて思いました。
 楽器というものは、ずっと続けていないといけない、という事です。
 とにかく、以前に弾けていたはずのフレーズに、ことごとく指がついて行きません。
 さらに、年が行ってから新たに覚えた曲などは、フレーズはおろか、曲の構成まで忘れてしまっています。
 かつてかの名手チェット・アトキンスがビデオの中で、
「僕はこの曲をこの16年の間、毎日弾いているんだよ。」
と語っているシーンがありましたけど、あのチェットにしてこれですから。
 ノーキーも暇さえあればギターを手にしているというし、元々素質のある人が、さらに常人以上の練習をこなすわけですから、とうてい敵うはずがない訳です。
 とはいうものの、凡人はなおさらのこと、練習しなければ話になりません。
 地味な練習ではありますが、毎日少しづつ「ドレミファソラシド」からリハビリしている虹沢でした。

「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 25.凍るテレキャスター(4)」
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4月10日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 24.凍るテレキャスター(3)」
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4月7日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 23.凍るテレキャスター(2)」
をUPしました。

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 しばらく入院生活のエピソードが続き、申し訳ありません。
 しかし、高校時代の虹沢が、たとえ病院の中でも、いかにベンチャリーな日々を送っていたか、これを書き綴らずにはいられないのです。もうしばらくお付き合いください。

 4月4日(
感謝! 開設2周年
(since 2002/4/5)
 虹沢の現在の愛器です。
 か〜なりフレットが減ってきていて、限界が近づいているようなので、かわりに3代目の赤いテレキャスターを物色しておりますが、なかなか気に入ったのが見つかりません。
 4月になりました。
 明日5日で、当ホーム・ページはオープン2周年になります。
 ここ2ヶ月ほど、少々ペース・ダウンしてはおりますが、ここまで続けてこられたのも、ひとえに皆様の励ましのお陰と、深く感謝しています。
 本来なら、記念のイベントでも企画して、大騒ぎしたいところですが、あいにく状況が状況でございますので、しみじみと喜びをかみしめさせていただく事で、満足したいと思います。
 今後も「多角的な視点から見た’70年代ベンチャーズの楽しみ方」を追求していく所存でございます。

 掲示板をお休みしておりますので、お暇な時にメールでお声をかけていただけたら、幸いです。
 今日は久々に
「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編 22.凍るテレキャスター(1)」
をUPさせていただきました。
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