(更新履歴)

2004年1月


日付 雑記
1月31日(  更新準備中です。

1月30日(  更新準備中です。

1月29日(  更新準備中です。

1月28日(  更新準備中です。

1月27日(  更新準備中です。

1月26日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(21)眠るテレキャスター(8)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

1月25日(  コンサートやライヴにおける客席からのかけ声といえば、自分がT.A.D.というバンドでライヴをやっていた頃は、やはりお客さんのかけ声は、とてもうれしかったです。
 T.A.D.は、コピー・バンドというよりは「物まねバンド」をめざしていましたから、ライヴ・レコードと同じようなタイミングで、
「ノーキー!」
なんて声がかかると、そりゃあ演奏する方も乗りまくってしまいました。
 演奏者だけでなく、客席サイドにも優秀な「完全コピー・オーディエンス」が存在するライヴは、一段と盛り上がって楽しさが倍増しますね。

   

   
1986年10月、錦糸町38でのライヴの一コマ
1月24日(  更新準備中です。

1月23日(  更新準備中です。

1月22日(  更新準備中です。

1月21日(  虹沢 秀のGALLERYにおいては、'70年代特定のホーム・ページである事の特色を保つため、必要以外は現在のベンチャーズ・シーンに関する記事やコメントを避けてきました。
 今回、このページやBBSで、珍しく虹沢が現在のベンチャーズの話題を取り上げているのは、ひとえに「日比谷」という土地の名前の響きの魔力による物です。
 それほど、関東のベンチャーズ・ファンにとって、'74年日比谷野外音楽堂公演は、伝説のコンサートだったと言ってさしつかえないでしょう。

1月20日(  更新準備中です。

1月19日(  昨日のベンチャーズ日比谷公会堂公演は、DVD収録が行なわれ、さらに2月15日にはNHKのBSで放映される、と聞き、ちょっとちょっかいを出したくなって「アパッチ」のミュート・プレイの時に、
「ノーキー!」
と一発かましてみました。
 カットされていなければ、多分マイクに届いたと思われますので、放映の際、ミュート・プレイのワン・フレーズが過ぎたあたりにご注目下さい。

 本当は、アンコールの前にも、
「キャラバンもういっかいやれー!」(『文字で聴くオン・ステージ’74/キャラバンの前の客席の声を参照して下さい)

をぶちかまそうと思いましたが、周囲から冷たい視線で見られるのが明白なので、自粛しました。

1月18日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(20)眠るテレキャスター(7)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

 この連載では、ちょうど30年前、1974年の「ベンチャーズ日比谷野外音楽堂公演」のくだりを執筆していますが、奇しくも今日は、現在来日中のベンチャーズが、日比谷公会堂にてコンサートを行ないます。
 野外と屋外の違いはあるものの、これも何かの因縁でしょうか。
 病に倒れ、無念にもコンサートに行けなかった30年前の分も、今日は楽しんで来ようと思っています。

1月17日(  更新準備中です。

1月16日(  昨日誕生日を迎え、フンじゅうフン歳になりましたが、昔から誕生日のたびによく考える事は、
「ノーキーが自分と同じ歳だった頃は、何年の来日の時だったかな?」
という事です。
 20代後半の頃、
「ノーキーが今の俺ぐらいの時には、ライヴ・イン・ジャパンやオール・アバウトみたいな演奏してたんだよなあ、すごいよなあ。」
なんて思った時に、愕然とした覚えがあります。
 それでも20代が終わるまでは、自分がノーキーのその歳になる頃は、もうちょっと進歩しているかな、なんて期待もあったんですが、30過ぎてからはさすがに、
「自分とノーキーは、やはり物が違う。」
ということに、ようやく気づいてきたのでした。
 気づくのが遅いって?
 気づかないふりをするのも、若さの特権ですからねえ・・・・・。

1月15日(  更新準備中です。

1月14日(  更新準備中です。

1月13日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(19)眠るテレキャスター(6)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

1月12日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(18)眠るテレキャスター(5)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。


 今日---実際の日付では11日()---は、3年振りの運転免許書き換えに行ってまいりました。軽いスピード違反で1回つかまっているので「優良」にはなりませんでしたが、法改正により、次の書き換えは5年後ということになっております。
 墨田区在住の虹沢は、免許の書き換えは「江東運転免許試験場」という所へ行くのですが、そこへの通り道で、都営新宿線の西大島駅近くに「江東区民センター」があります。
 この建物を見て、約20年前にT.A.Dのホール・コンサートを企画した際、会場を物色していた時の事を思い出しました。

 コンサート会場の候補はいくつか挙がっていましたが、
「ティアラ江東」
「江東区民センター」
「江東区文化センター」
等、いずれも江東区内の施設に絞られていました。その中でも、西大島にある「江東区民センター」は、交通の便が一番良かったので、第1候補でした。
 そこで、虹沢とドラマーの中尾 丈はセンターの事務所受付に行き、ホールの予約をしようとしたら、
「コンサートの内容は、どういう音楽ですか?」
という質問を受けました。
 当時、1983年頃は、まだ「氷河期の'70年代」の名残があって、堂々と
「ベンチャーズのコピー・バンドのコンサート」と言うのが恥ずかしかった虹沢と中尾は、ちょっと勿体つけて、
「まあ、ロックのコンサートですね。」
などと答えてしまいましたが、これが大失敗。
 受付の係員は、二人の返答を聞くと眉をひそめて、
「このホールでは、ロックのコンサートは禁止されています。」
と冷たく言い放ったではありませんか。
 区民センター側がベンチャーズをロックと見るか見ないかもわからないが、「エレキ禁止」の時代ではあるまいし、まさかと思っても、後の祭り。

「’70年代には、ベンチャーズはレコード屋でムード音楽のコーナーに飾られてた事もあったんだから、ムード音楽のコンサートって言えばよかったな。」
などと話しながら、スゴスゴと引き揚げた虹沢と中尾は、後日、東陽町にある「江東区文化センター」へ申し込みに行きました。こちらはロックでもなんでもOKだったのですが、その時はちゃんと、誇りを持って、
「ザ・ベンチャーズのコピー・バンド」
という名目で申し込んだ事は、言うまでもありません。

1月11日(  更新準備中です。
 申しわけ程度に、TOPのお正月飾りをはずしました。鏡開きですが、ベンチャーズのメンバーはおしるこなんて食べますかね?
 中学生の頃、近所の甘い物屋さんにジューク・ボックスが置いてあって、そこでおしるこを食べながら「京都の恋」を聴いていたのを思い出します。

1月10日(  更新準備中です。


1月9日(  更新準備中です。

1月8日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(17)眠るテレキャスター(4)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

1月7日(  更新準備中です。

1月6日(  更新準備中です。

1月5日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(16)眠るテレキャスター(3)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

1月4日(  更新準備中です。

1月3日(  更新というほどのものではありませんが、画像が淋しかった「文字で聴くベンチャーズ・オン・ステージ」の'71年と'72年に、画像を追加しました。
 既存の画像ばかりですが、部分的な編集によって「あれ、この画像、どっかで見たけど、ちょっと違うかな?」といった新鮮さが出ていればいいのですが、いかがでしょう。

1月2日(  予定を1日繰り上げて帰宅しました。
 今年も「ベンチャーズとともに駆け抜けた"迎春"/赤いギターと白い雲」の執筆をはじめ、コンテンツの充実に精一杯がんばります。


1月1日(
 あけまして、おめでとうございます。
 本年もよろしくお願い申し上げます。


                   虹沢 秀

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