(更新履歴)

2003年12月
 

日付 雑記
12月31日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(15)眠るテレキャスター(2)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

 これをもって、2003年虹沢 秀のGALLERY、全日程更新プログラム、全部終了いたしました。
 新年は、1月4日あたりから更新再開できれば、と思っております。

 今年1年、皆様にあたたかい励ましをいただきまして、充実したWebマスター生活を送る事ができました。
 来年もまた、皆様とともに「ベンチャーズを楽しむ方法の発掘」をさせていただければ、と願う次第です。
 ’70年代ベンチャーズ・ファンの皆様、本年は、色々とありがとうございました。どうか良いお年をお迎え下さい。

12月30日(  更新準備中です。

 正月にならないうちに、胃腸がピ〜ンチです。

12月29日(  更新準備中です。

12月28日(  更新準備中です。

12月27日(  更新準備中です。

12月26日(  虹沢は、小学生の頃、毎年クリスマス・イブの夜、寝る前に枕もとに靴下を置いて寝ました。
 低学年の頃は、翌朝起きると鉄人28号の人形や、車のおもちゃなどが置いてあったりしましたが、高学年になって、靴下に「500円札」が入れたあった年の翌年から、靴下を置くのは卒業しました。


 今年もあとわずかですね。

 更新準備中です。

12月25日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(14)眠るテレキャスター(1)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

12月24日(  更新準備中です。

12月23日(  更新準備中です。

12月22日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(13)サマー・ブリーズ(5)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

12月21日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(12)サマー・ブリーズ(4)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

 それと、ベンチャーミックスさんが昨日に引き続き、'71年のステージ写真から、メルの画像を提供してくださったので、さっそく、

「文字で聴くオン・ステージ'71」

 の♪キャラバン♪の部分に挿入させていただきました。
 '71年の画像は、非常に数が少なく手にも入りにくいので、ベンチャーミックスさんのご提供は、大変助かります。これで、コンサートの雰囲気が、ぐっと盛り上がってきましたね。


12月20日(  ベンチャーミックスさんが、アルバム「THE VENTURES LOVE MELODY」の解説書に挿入されている、'71年の来日ステージの、ゴキゲンな画像を送ってがねっていただきましたので、

「文字で聴くオン・ステージ'71」

の、♪ハートに灯をつけて♪の部分に挿入させていただきました。
 なぜこの位置に挿入したのかは、見ていただければわかります。

12月19日(  更新準備中です。

12月18日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(11)サマー・ブリーズ(3)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

12月17日(  自分でも久々にノーキーのサインを見て、思いました。この端正な字体のアレンジといい、ギター・ワークにおける完璧なまでのフレーズの組み立てといい、絶対にノーキーの血液型は「A型」ではないかと。

      

 しかし、外から見た印象と、実際の血液型は、しばしば食い違うことがありますので、油断はなりません。
 どなたか、ご存知の方はいらっしゃいませんか?

12月16日(  更新準備中です。

12月15日(  本格的に寒くなってきたので、洋服ダンスを物色していたところ、約20年も前に、背中にノーキーにサインを貰ったYシャツが出てきました。
 せっかくなので、’75年にツアー・ブックの表紙に貰ったサインとともに、HPに飾る事にしました。

虹沢秘宝館/ノーキー・エドワーズ サイン・アイテム

からどうぞ。

 それにしても、ノーキーのサインの字体って、いつ見ても美しく見事ですね。
 特にファースト・ネームの頭文字の「N」のデザインには、まったく惚れ惚れとしてしまいます。10代の頃は、このサインをよく練習してましたが、演奏以上に本物に近づけなかったです。

12月14日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(10)サマー・ブリーズ(2)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

12月13日(  昨日、掲示板にて「モグラ叩き」さんから戴いた投稿で「このアルバムがなかったら、僕はベンチャーズから離れたかも知れません。」というのがありましたけど、ベンチャーズ・ファンを長くやっていると、多かれ少なかれ、誰しも「V離れ」の時期があるんじゃないかと思います。
 僕も、フン十フン年生きて来て、何度も「OFF」の時代を過ごしております。
 別に「ベンチャーズが嫌いになった」とか、そういう事ではなくて、毎日をベンチャリーに過ごさなくても淋しくない状況のことであります。
 僕を「ベンチャーズ中毒」に引き戻したアイテムは、アルバムだけには限りません。

 ざっと振り返ってみれば、まず、小学校の時にあのモズライト・サウンドに衝撃を受けながら、中学生の時にはほとんど見向きもしなくなった状態を引き戻したのが、
「'72年のノーキー復帰」


 高校の3年間をベンチャーズ三昧で過ごしたあと、大学で音楽サークルに入ったり、仕事でバンドをやったりしているうちに、吸収しなければならない物が山ほど出てきて、ベンチャーズをほとんど聴かなかった時期がおよそ6〜7年。そこから再び「中毒」状態に引き戻したのが、'82年の新宿高層ビル街で行なわれた「レインボー・フェスティバル」でした。
 それから5年ほど、高校時代のメンバーや、掲示板でもおなじみのハンデン教授とともに、ライヴ三昧を満喫しました。

 しかし、その後、家庭を持ったり、仕事が忙しくなったりで、'80年代終盤から21世紀が終わるまで、人生最長の「OFF」に入る事になります。

 その長い冬眠から目覚めさせてくれたのが、あの「ベンちゃん's a GO! GO!」でありました。覚えたてのインターネットでネット・サーフィンを楽しんでいるうちに、検索で「ベンちゃん's」を偶然見つけて以来、ベンチャーズの世界に浸ることが、病み付きになってしまったのでした。今から3年近く前の事です。

 もっとも「中毒」じゃない期間も、ほぼ毎年ベンチャーズのコンサートには、顔を出していました。
 やはり、自分の「原点」は、自然に大切にしていたのだと思います。
 と言うよりは、ベンチャーズの世界に浸っていると、母親の胎内にいるような気持ちになるというか。旅先から帰る場所は一つ、という事ですね。

 そして、ベンチャーズを離れていた時期に、色々な音楽を聴いた上で、改めてベンチャーズの魅力や凄さを再認識した事も、付け加えておきます。

12月12日(  更新準備中です。

12月11日( 「赤いギターと白い雲/第5章-白雲編(9)サマー・ブリーズ(1)」をUPしました。

「赤いギターと白い雲/目次」 からどうぞ。

12月10日(  更新準備中です。

12月9日(  更新準備中です。

12月8日(  話しついでに、家内の土産話をもう一つ。

 イタリアでは、ツアー旅行団体には、現地人の添乗員が必ず同行し、団体で見学する時は、現地添乗員が先頭に立ち、日本から同行した添乗員が最後尾に付く。
 これを必ず守らないと、日本の旅行会社は罰せられるそうなんですが、ベンチャーズのDVDを探す際に、家内はこの現地添乗員の人にも、CD、DVDショップの有無、場所等、多少の質問をしたらしい。それで、現地添乗員の人が「何のDVDを探しているのか」と聞くので「ベンチャーズ」と答えたところ、当然の如く「ベンチャーズ? 知らないなあ。」という答えが返ってきたと。
 その人は30代と思われる男性だったのですが、
「僕は小さい頃からオペラやカンツォーネばっかり聴いているんだ。ビートルズも名前は知ってるけど、彼らの曲はほとんど知らないなあ。日本の演歌なら、何かの機会に2〜3曲は聴いたことあるよ。」
とのこと。
 たまたまポップスをあまり聴かない人だったのかもしれませんが、お国柄による音楽的嗜好の違いをよく現したエピソードではないかと思いました。


 ベンチャーズ3代目ドラマー、ジョー・バリルが9歳まで育った国とはいえ、やはり、イタリアのベンチャーズ事情は、かなり厳しいと言わざるを得ませんね。

12月7日(  師走を迎え、仕事お忙しモード絶好調の虹沢ですが、そんな亭主を置いて、このたび家内が6泊8日のイタリア旅行に行ってまいりました。

 折りしもネット・オークションで、日本未発売の「ベンチャーズ・オクラホマ・ライヴ(’84年)」のDVDが出品され、ベンチャーズ・ファンの間で話題となっておりましたので、ヨーロッパのイタリアならば手に入るんじゃないかと、出発前に
家内にメモを渡して「あったら買って来てくれ」と頼んでおきました。

 ベンチャーズの事などほとんど無関心の家内のことですから、下手すりゃ忘れてるか、CD、DVDショップを覗いたとしても見つけられずに帰ってくるんじゃないかと思っておりました。
 ところが、感心な事に、ミラノ、ベニス、フィレンツェ、ローマと、行く先々で、延べ10軒以上の店で、ベンチャーズのDVDを探してくれたそうです。
 虹沢の手渡したメモを店員に直接見せたらしいのですが、ほとんどの店では大きく両手を広げて、「ベンチャーズ? 知らないなあ・・・。」
という返事だったらしい。


 そして、最後の滞在地ローマにて、ようやくこんな返事をしてくれたお店が1軒だけあったのでした。
「フーム、誠に申し訳ない。このDVDは来週入荷予定なんですよ。一週間待ってもらえませんか?」
 ツアーの旅行者がそんな事をできるはずもなく、結局、俗に「凄いDVD」と呼ばれるこのDVDは手に入らなかったのですが、そこまで熱心に探してくれた家内を、ちょっぴり見直してしまいました。
(ちなみに、ベンチャーズのDVDのかわりに、某ブランドの財布を買ってきてくれました。)

 イタリアのベンチャーズ事情を総括しますと、どうやら、
「ベンチャーズ? なんだねそれは、プロレスかね?」
 という事になりそうです。

12月6日(  更新準備中です。

12月5日(  更新準備中です。

12月4日(  未整備区域と申しますれば、管理人本人でさえ、めったに覗かないページなのでありますが、そんな中に、
「オリジナル・ジャケット集」
があります。
 これにはちょっと苦笑気味の逸話がありますので、ここにご紹介したいと思います。

 オリジナル・ジャケットと申しましても、何の事はない、レコードやCDやコンサート・パンフレット等の既成の画像をスキャンして取り込み、それを元に画像編集ソフトで色々とデザインやレイアウトを考えて遊びながら、CDジャケットを作ってみただけの物なのですが、HP開設当時は、とにかくコンテンツの絶対量があまりにも少ない。
 そこで、画像編集ソフトの練習を兼ねて、手慰みで作ったこんな物までUPしてしまったと、こういう訳なんですが、今年の春先に、この画像に関して、外国の方からメールで問い合わせが来て、さあびっくり!
 メールを下さったのは、スゥエーデンのベンチャーズ音源コレクターの方で、質問の内容は次のようなものでした。

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 こんにちわ、お友達!(Hello friend の直訳です)
 あなたのサイトにUPされている、見知らぬジャケットの、ベンチャーズやダイナミックスのライヴ盤CDは、どうやって手に入れたのですか?それは、日本でなら容易に手に入る物なのですか?

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 いやあ、これにはまいりました。実際にプリント・アウトした物を見れば、明らかに家庭用のパソコンとプリンタで印刷したとわかってしまうような、チープな物なのですが、Web上の粗い画像に惑わされて、市販品と勘違いしてしまったようです。
 横文字に弱いので、どう返事をしようかと迷っているうちに1ヶ月が過ぎ、またその人から再度同内容のメールが届いてしまいました。
 そこで腹をくくり、書店で和英辞典を購入、例文をつなぎ合せて、なんとかレスの文章を作りました。
「こんにちわ、お友達。お問い合わせの件ですが、ありゃあ、わたくしが趣味で作ったお遊びのジャケットで、市販品ではありません・・・・・以下省略」

 するとまた彼からレスがありました。(意訳します)
「いやあ、まいったまいった。てっきり俺が存在を見逃していたCDだとばかり思って、あせっちゃったよ。なかなか楽しい趣味を持ってるじゃないか、これからも頑張ってくれよ、じゃあな。」

 遠い北欧の国のベンチャーズ・ファンが、このホーム・ページの1ページを見て、わずかな間とはいえ、ベンチャーズの「未発表のCD」の存在を夢みたのか、と思うと、何とも複雑な気持ちになりました。

 オリジナル・ジャケットを作るのは、なかなか楽しいので、暇を見て、まだ手をつけていない'70年、'71年、'74年、'75年、'78年も、制作してみたいと思っております。

12月3日(  「編集雑記帖 INDEX」を始めとして、このところ、今まで未整備だった、つまり、HP開設当時のままほったらかしにしていたページのリニューアルを始めました。
 「赤いギターと白い雲」の原稿書きに、少々苦戦しております。

12月2日(  更新準備中です。

 12月1日(  もう12月、今年も残す所あと1ヶ月ですか。
 何かと慌ただしい時期ですが、なんとかよい正月を迎えられるよう、頑張りたいものです。

「編集雑記帖 INDEX」を、リニューアルしてみました。



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