(更新履歴)

 掲示板の「駄洒落ラリー」で先日お題になってしまった、ベンチャーミックス家の愛犬「コロ」君です。
 掲示板で、新しいログがたまって、次のページに写真が流れてしまったので、ここに飾らせていただきました。
 いやあ〜、か〜なり可愛いですよね。
日付 雑記
4月30日(水)  先程、↑で愛嬌をふりまいている「コロ君」が、カウンター・バナー「20,000」をGETしてくださいました。

 アクセス・カウンター「キリ番」コレクション

 皆様の励ましとアクセスのおかげで、まだまだ挫折せずに続けることができそうです。
 今後とも、よろしくお願いいたします。

4月29日(  油断すると、今日は「天皇誕生日」だといまだに思ってしまう、昭和の世代なのでした。

  今日は「赤い日」なので、更新お休みです。

4月28日( 「赤いギターと白い雲/飛翔編−21.Take Off(4)」
をUPしました。

 
 今日は(実際の日付は27日)、かつてT.A.D.がホーム・グラウンドにさせていただいていた、錦糸町のオールディズ・ハウス「38(サーティー・エイト)」で、「GSカーニバル」を見て来ました。
 顔ぶれは、
「岡本 信(ジャガーズ)」
「アイ・高野(カーナビーツ)」
「マモル・マヌー(ゴールデン・カップス)」
「三原 綱木(ブルー・コメッツ)」
 という布陣でしたが、個人的には、綱木さんの衰えを知らぬ歌とギター・テクニックや、アイ・高野さんのドラムに、感激しました。
 曲や演奏は、まったくベンチャリーではありませんでしたが、小学生の頃GSに憧れた世代としては、ベンチャーズのライヴを見た時と同様の、感激と感傷がこみあげてきて、涙腺がちょっとゆるんでしまいました。
 バックバンドのリーダーで、ベースの方が、あの天才少年インスト・ギタリスト「みょう平クン」のお父さんの小山さんだったのも、うれしいハプニングでした。


4月27日( 「赤いギターと白い雲/飛翔編−20.Take Off(3)」
をUPしました。


4月26日( 「赤いギターと白い雲/飛翔編−19.Take Off(2)」
 をUPしました。


4月25日(金)  更新準備中です。

4月24日(木)  更新準備中です。

4月23日(  暖かくなりかけて、ちょっと寒さが逆戻りしています。夏がもったいぶっている。

 更新準備中です。


4月22日(  「拝啓テレキャスター様/1974年編−オン・ステージ'74 アナログ盤コレクション」
 を増殖しました。
 アナログ盤が手に入らない方、持っていても押入れの奥にあって、めったに取り出せない方のために、ノーキーのアップにこだわらず、未編集で飾りました。

4月21日(  久々の登場です。舞台は1974年に入ります。
「赤いギターと白い雲/飛翔編−18.Take Off(1)」
 をUPしました。
4月20日( 更新準備中です。

4月19日(  今日は夏日ですってねえ。
 ベンチャーズの季節が近づいてきていますね。
「日本の夏は氷あずきとベンチャーズ」
 僕は、最近こそあまり食べなくなりましたけど、前は「氷あずき」が大好きだったんですよ。
 元々あんこが好きなんですね。

 オール・アバウト・ザ・ベンチャーズで、ボブさんがテルスター弾く前のドンさんのMC「OK、アンコ?」というネタを僕がBBSでしょっちゅう使うのも、あんこが好きだからなのかもしれません。

 更新準備中です。

4月18日( 更新準備中です。

4月17日(  「拝啓テレキャスター様」
 ’76年編に一枚増殖しました。


4月16日( 「拝啓テレキャスター様」
 ’75年編を、2枚増殖しました。


4月15日(  更新準備中です。

4月14日(  更新準備中です。

4月13日(
 本日、東京は大森の大森スポーツ・センター小ホールにて、’80年代のT.A.D.のゲスト・キーボーディストであったデイヴ杉江氏主宰の、シャンソン、カンツォーネ教室のコンサートのお手伝いに行ってまいりました。
 ほぼ年に一度の開催イベントですが、虹沢は、T.A.D.のドラマー、中尾 丈とともに、PA操作と録音、写真撮影を担当しました。
 昨年もそうだったのですが、開演前、休憩時間、終演後にベンチャーズのアルバム「西暦2001年Only Hits」をBGMとして流しました。

 すると、1部と2部の休憩時間に、バック・バンドのドラムの方が「さっき会場で流れていた『ツアラツストラ』は、誰の演奏ですか?」と聞いてきたのです。
 「あれは、ベンチャーズですよ。」
 という答えを聞いたときの、そのドラマーの方の複雑な表情が、とても印象的で、おもしろかったです。
 虹沢自身は、大変好きなアルバムですが、知らない人が聴いたら、あのサウンドは、きっとベンチャーズとは思えないでしょうね。
 '70年代のスタジオ盤には、そんなタイプのアルバムが多々ありますね。良くも悪くもですが。

 更新準備中です。

4月12日( 「拝啓テレキャスター様」
 ’72年編が、こちらの操作ミスで一部ファイルが消えてしまっていたのを、修復しました。
(誰も気づかなかったりして・・・)


4月11日(  更新準備中です。
4月10日(  更新準備中です。
4月9日( 「拝啓テレキャスター様」
1980年編をOPENしました。

 これにて取り扱い年代すべてのページをオープンしましたが、1976年以降は、画像の数がどんどん淋しくなっていきます。
 スポンサーの出現を、心からお待ち申し上げております。

4月8日( 「拝啓テレキャスター様」
1979年編をOPENしました。


 桜は今週末まで咲いていてくれるでしょうか。まだ花見をしていません。

4月7日( 「拝啓テレキャスター様」
 1978年編をOPENしました。
 
4月6日(  OPEN当初、自分の中では、
「俺は’70年代のベンチャーズが好きだ」
という以外、ホーム・ページを運営する指針が何も明確になっていませんでしたが、一年経った今思うに、このホーム・ページを立ち上げた最大の理由は、一つは自分自身、’70年代のベンチャーズの世界に浸ることによって、自分が一番燃えて輝いていた「あの頃」に戻るため。
 もう一つは、どのベンチャーズ系サイトでも、’70年代に重点を置いたところがないので、それなら自分でやってしまおう、というものである事が、自分の中で確立してきました。

 最近増設したコンテンツ「拝啓テレキャスター様」を作ろうと思ったのも、昔から音楽雑誌や書籍などでテレキャスターの特集があるたびに、申し合わせたように、ノーキー・エドワーズの存在が無視され続けてきたのに我慢がならなかったからです。
 ページをめくってもめくっても、ひたすら「テレキャスターを抱えたノーキー」の姿ばかり。これこそ、虹沢 秀の永年抱いてきた夢のページであります。

 僕のホーム・ページを覗いて下さることによって、’70年代が自分の青春時代だった方が「胸キュン」になるのを目標としたサイトですから、自然、そうでない年代の方には閉鎖的な印象を与えてしまうかもしれません。
 でも、他の楽しみがたくさんある今の世の中、興味のある方だけが覗いてくだされば、それで僕は満足です。
 なにより、僕自身がこのホーム・ページで「タイム・スリップ」したいからです。

 当ホーム・ページに、相互リンクさせていただいているサイトが少ないのも、その理由からです。

 こんな偏屈もののサイトですが、少しでも共感してくださる方は、末永く見守ってやってください。

 本日の更新は、更新といえるほどのものではありませんが「拝啓テレキャスター様」のTOP−PAGEのバナーが完成いたしました。中味は徐々に仕上げていきたいと思います。

4月5日(     おかげさまで、1周年!

 あっという間の1年でしたが、皆さんの暖かい励ましに後押しされて、続けてくる事ができました。
 また来年のこの日も、皆さんとともに祝杯をあげられますように。
 どうもありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

4月4日(  更新準備中です。

4月3日(  「拝啓テレキャスター様」
 1977年編をOPENしました。ついに、赤いテレキャスターの塗装が剥がされ「焦げ目テレ」の時代に入りました。

 1973年編にも、一枚増殖しました。

4月2日(  相変わらず「等倍速」でタイピングしております。
「赤いギターと白い雲/飛翔編−17.滑走路(9)」

お届けします。

 4月1日(  4月になりました。
 ようやく暖かくなってまいりました。花粉症も、いくらか軽くなりました。

 しかし、更新準備中です。