(更新履歴)

2011年

日付 雑記
11月24日( ♭♭♭鎌ケ谷クリスマス・コンサート詳細決定♭♭♭

 TOPページでお知らせした通り、12月11日()、13:00開場、13:30開演となっております。
 第1部ではKSC歌謡曲チームの皆さんが、懐かしくもゴキゲンな昭和歌謡のヒット曲の数々で、ご自慢の喉を披露してくれます。
 RWFは第2部で登場、'70年代ベンチャーズのサウンドを満喫していただきます。

 ところで先日、2月以来ライヴの予定も入っていなかったので、しばらく連絡を取っていなかったなっつからメールがありました。
 本人は鎌ケ谷コンサートの当日に予定が入ってしまい、出演はできないのですが、
「本番も近いですが指慣らしにスタジオに入るなら、付き合いますよ」
という、粋な申し出。
 こちらもしばらくでかい音をアンプから出していないので、渡りに舟とばかりに、練習につきあってもらうことにしました。
 平井の「OTOKITI」にて、2時間みっちりドラムとリズム・ギターのみのカラオケを使い、指をいじめまくりました。

          撮影:なっつ

11月6日( ###'70年代ベンチャーズ未公開画像Part2 その2##

 
今日はボブさんを中心に、’77年、'80年、’81年の画像をご覧下さい。
Vの泉 1977年
Vの泉 1980年
Vの泉 1981年

11月3日( ###'70年代ベンチャーズ未公開画像Part2 その1##

 
11月になりました。朝晩は少々寒いくらいの気候になりましたが、このくらいの陽気が一番ギターのコンディションにはいいようです。
 前に使っていた白いテレキャスターは、梅雨時には弦高が下がり過ぎて音がビレたり詰まったり、真冬の乾燥時には指板と弦が3センチも離れ、年2回のネックのトラスロッド調整を余儀なくされていましたが、赤いテレキャスターは1月末に調整してもらったままですが、限界ギリギリまで弦高の低い、非常に良い状態をずっと保っています。
 来月の鎌ケ谷クリスマス・コンサートまで、この状態が保ってくれることを祈っています。
▲現在「サーフライダー’78」のサビ部分を特訓中です。
 ノーキーは実にさりげなく弾いていますが、なかなか手ごわいんです。

 さて、先月は埼玉のONDさんご提供の、貴重な'70年代ノーキーのテレキャスター時代の画像の数々をご覧いただきましたが、実はその他にもテレキャスター関連ではない物も何点かお預かりしています。
 そこで、今度は「Vの泉」コーナーの資料として、年代別に展示して行こうと思います。

 まずはノーキーのモズライト姿に度肝を抜かれる、1976年からどうぞ。
  
Vの泉 1976年

10月23日( ♭♭♭ライヴ告知♭♭♭

       RWF 9度目の来日決定!
     
 
 TOPページでお知らせの通り、12月11日()に、千葉県鎌ヶ谷市の北部公民館で開催されるクリスマス・コンサートに、昨年に続き、出演する事になりました。
 バックの紅白の垂れ幕が、色々な意味で話題となりましたが、無理やり見れば、本物のベンチャーズの’78年のライヴ・ステージの写真と似てなくもありません。(^^;)
     

 それと、鎌ヶ谷のお客様は、オーディエンスとして大変質が高いので、ここで演奏できるのは、僕なんかも大変楽しみな訳です。
 入場無料なので、お時間の空いている方は、RWFの演奏を聴きに来てみて下さい。お待ちしてます。

10月20日( ###'70年代ベンチャーズ未公開画像ナイト第5夜##

 
今夜は'79年と'80年。
 どの年代も、ほんとにベンチャーズってカッコいいですね!
 なお、'79年はドン、ボブ、メルの画像も用意しましたので、おおいに堪能して下さい。

拝啓、テレキャスター様1979年
拝啓、テレキャスター様1980年

今回の'70年代ベンチャーズ未公開画像ナイト、ひとまずこれでおしまいです。
 また素敵な画像を入手できる事があれば、その時また、公開させていただきたいと思います。
 それでは全国の'70年代ベンチャーズ・ファンの皆さん、素晴らしい画像を提供して下さったONDさんに拍手を送ってがねって下さい!

10月19日( ###'70年代ベンチャーズ未公開画像ナイト第4夜##

 
今夜もパネルにして飾りたくなるような、凄い画像の登場です。
 ’77年と'78年、2年続けてどうぞ。

拝啓、テレキャスター様1977年
拝啓、テレキャスター様1978年

10月18日( ###'70年代ベンチャーズ未公開画像ナイト第3夜##

 
第3夜は、'75年です。
 秋の夜長、素晴らしいノーキーの画像にため息をついて下さい。
 ほんとに凄いショットです。こんな画像、見たことありません!
 
拝啓、テレキャスター様1975年
10月17日( ###'70年代ベンチャーズ未公開画像ナイト第2夜##

 
今夜は'73年と’74年の画像でお楽しみ下さい。
 Hot Summer Rock'n Roll!
拝啓、テレキャスター様1973年
 
拝啓、テレキャスター様1974年
10月16日( ###'70年代お宝画像が・・・###

 これまで心ひそかにこのHPを応援して下さっていたという、埼玉県のベンチャーズ・ファン、ONDさんから激励のメールをいただきました。
 勝手に言いたい事を言い、やりたい事をやっているだけのHPに対し、温かいメールをいただけるのは、いつでもうれしいものです。
 さらにうれしい事に、ODNさんは「'70年代のベンチャーズは公開されている画像がきわめて少ない」というレッテレの嘆きに応えて、ご自身が撮影したお宝画像をプレゼントして下さいました。
 大変素晴らしいショットの数々に、レッテレも久々に大興奮しました。

 そこで今日からしばらくは、ODNさんご提供の画像を「拝啓、テレキャスター様」のコーナーに順次収めて、更新して行きたいと思います。

 まず初日は1972年の画像からお楽しみ下さい。

 
拝啓、テレキャスター様1972年


10月10日( ♪♪♪フル・メンバーでTADセッション♪♪♪

 お盆に5年ぶりの再会を果たした「赤いギターと白い雲」でおなじみの第2期TADのメンバーでしたが、その時は残念ながらドン佐藤(小林浩二)が欠席でした。
 そのリベンジを果たすべく、全員のスケジュールを調整し、昨日ようやく秋葉原にて、フルメンバーでの集合を実現しました。

 まずはLAOXのスタジオにて、2時間のセッション。
 メンバー4人のうち、2人の会員証期限が切れていました。
(^^;)
 Fスタジオがしばしの間、千葉県立T高校のブラスバンド演習室にタイム・スリップしました。
▲おなじみドン佐藤。直前まで仕事をして駆けつけたので、ネクタイ姿です。
▲アンプを調整するドン佐藤。音作りにはちょっとうるさいんです。
▲ベースを弾いているのがほんとに楽しそうな葉山二郎。
▲ドライビング・ギターのイントロでしょうか、レギュラー・グリップで握るスティックが撓っています。中尾 丈。
▲この日も息がぴったり、キャラバンのベース打ちです。
▲レッテレさんです。
(^^ゞ
ほぼ刈り上げだった状態から、大分髪が復活してきました。
 高校時代の仲間とともにプレイする時の赤いテレキャスターの弾き味は、また格別でした。

  セッションの後は、近くの居酒屋にて近況報告や思い出話に花を咲かせました。
 なおドン佐藤は今週末の15日(土)のサウンド・スポット・ビーグルにて「GSランディーズ」というグループで出演の予定です。
 お時間の空いている方は、ぜひ応援しに行ってあげてがねって下さい。

10月9日( ♪♪♪ベンチャリーな看板といえば、♪♪♪

 こんなのもありました。

 

 2年前、勤務先が池袋の西口だった頃に発見したものです。確か、サーフィン関係のお店だったかな。
 いずれこんな写真ばっかり集めたコーナーでも作ろうと思って、保存しておいたのですが、その気になって探してみると、意外にベンチャーズにちなんだ看板が見つからず、お蔵入りしていました。
 まあ、先日の「てけてけ」みたいな事もあるし、気長にベンチャーズ・アンテナ(べんちゃんがよく使う表現です)を張って歩く事にします。


10月2日( ♪♪♪ベンチャリーな看板♪♪♪

 用事があって北区田端の商店街を歩いていて、見つけました。
(^^ゞ
         

 通りかかったのが用事のない時だったら、絶対入っていたと思います。


9月26日( ♪♪♪ベンチャーミックス、単独公演♪♪♪

 昨日25日、レッテレと「V-REX」というユニットを組んでいるベンチャーミックスさんが、地元のパーティーで'70年代ベンチャーズ・カラオケをバックに、一人ベンチャーズを披露した、という知らせがありました。
 ベンチャーミックスさんは、本来のポジションはリズム・ギターですが、この日はリード・ギターを弾いたそうです。
 
▲サングラスにナチュラルの
テレキャスター、カッコイイです!
 自分の作ったカラオケがお役に立つというのは、大変うれしいものです。
 皆さんも機会があったら、どんどん活用してがねって下さい。

9月18日( ♪♪♪東京ドームで野球観戦♪♪♪

 TADのドラマー仲尾 丈、旧知のピアニストKAZU KUBO氏とともに、久々に東京ドームでプロ野球を観戦して来ました。
 ちなみにKAZU KUBO氏は、生まれて初めて自分の小遣いで買ったレコードが、ベンチャーズの「夢のマリナー号/バード・ドッカーズ」だったという経歴の持ち主です。

 

 レッテレは「巨人、大鵬、卵焼き」の世代ですから、子供の頃から巨人を応援して来ましたが、近年はセ・リーグは巨人、パ・リーグはロッテという応援体制を取っています。
 今日観戦したのは巨人と中日の一戦。

 

 野球観戦といったらこれ、なんと言っても生ビールですね。
 それにしても、東京ドームの売り子さん達は、ほんとに質が高いです。おかげで4-0で巨人が快勝した試合終了時には、すっかりいい気分です。

 

 帰り際、原監督の「グータッチ人形」を見物してきました。残念ながら安全保持のため、人形には触れてはいけないという事で、実際にグータッチはできませんでした。
(;_;)


9月11日( ♪♪♪スペシャル・セッション第2弾♪♪♪

 先々週に引き続き、クレシェンドのマスターとそのバンドのベーシスト、山崎さんとのセッションを平井のスタジオ「OTOKITI」にて夕方5時半から行いました。

 この日のために、いまだ'70年代ベンチャーズ・カラオケでは手をつけていない「ペネトレーション」「アウト・オブ・リミッツ」「ブラック・サンド・ビーチ」等のドラムだけのオケを急遽仕込んで臨みました。
 これらのドラム・トラックは、いずれベースやリズム・ギターやリードをかぶせて、'70年代ベンチャーズ・カラオケのコーナーにてお披露目することになりましょう。

 

 メンバー全員、好きなベンチャーズの形態が違い、ベースは'65年オール・アバウト、リズム・ギターはスタジオ盤風、リードは'70年代ライブ版風という、一風変わったコラボ・サウンドでしたが、'70年代をトリビュートする重圧から離れたセッションは、実に新鮮で楽しいひと時でした。
 
 セッションが終わった後は、閉店後のクレシェンドにて、ワイワイと音楽談義に花を咲かせました。

9月7日( ♪♪♪デイヴ・カー メモリアル♪♪♪

 一昨日、Youtubeにデイヴ・カー氏のメモリアル・ビデオがUPされたとの情報をベンちゃんからもらいました。

 http://www.youtube.com/watch?v=KLdebITYDGg

 これを見ていて気づいたのですが、7月7日の日記でご紹介した下記のURLのYoutube映像にUPされている画像に、

 http://www.youtube.com/user/oldiesbutgoodies4you

「デイヴ・カーが見当たらない」
と断言してしまっていましたが、よくよく確認すると、一番左でしゃがんでいるのは、若き日のデイヴさんではないかと思われます。
 また、この画像は'60年代中期のもので「雨のフィーリング」がヒットした1971年の物ではありませんでしたね。

 それにしても、フォーチュンズの日本での一番のヒット曲である「雨のフィーリング」、何度聴いてもデイヴさんの匂いがします。
 この曲がヒットした時点では、正式メンバーとしてはグループを離れていたものの、アレンジとかレコーディングでのプレイには参加していた可能性が強いと思います。
「ベンチャーズ・オン・ステージ’74」でのプレイを聴いていただければお分かりいただけると思いますが、そのアレンジ力、堅実で適切なプレイはまさに、一流のスタジオ・ミュージシャンであったと言えましょう。
 来日コンサート・ツアーへの参加が1年限りだったのが残念ですが、メモリアル・ビデをを見ると、家族との写真が非常に多いので、あまり長期間家を離れくない人だったのかもしれませんね。
 ベンチャーズのツアー、異常に長いから。(^^;)

 

9月4日( ♪♪♪アンプをもらいました!♪♪♪

 午後3時過ぎ、いつものようにクレシェンドのカウンターに座り、冷たく冷えたビールを飲んでいると、約束した訳でもないのに店の外からバイクの止まる音が響いてきて、ほどなくロン毛を後ろで縛った、カッコいい山崎さんが顔を見せました。
 ひとしきりバンドや音楽談義しているうちに、アンプの話になったので、
「先週のセッションでミニ・アンプ使ったけど、やっぱり家で弾くのと違って、他の楽器と合わせると、音が負けちゃうよね。」
と言うと、なんと山崎さんが、
「あ、それなら使ってないアンプがあるから、あげるよ。」
と言うではありませんか。
「え、ほんとに〜?」
なんて言ってるうちに山崎さんはさっさとヘルメットを被り、バイクを飛ばして自宅へ取りに戻ってくれました。この人には、
「そのうちね」
とか、
「今度ね」
っていう単語は存在しないんだと思います。(^^;)
 ほどなく戻った山崎さんが持ってきてくれたのは、高さ30cm、幅40cm、奥行き20cmほどの、なかなか見てくれもカッコいい小型アンプでした。

 

 家に持ち帰り、ギターをつないで音を出してみると、クリアーながらコシのある素晴らしいサウンド。
 VOLUMEの他にGAINも付いているので、クリアー・トーンからオーバー・ドライヴ・サウンドまで、思いのままに調整する事ができます。
 これがあれば、今後またクレシェンドでセッション、なんて時にも怖い物なしです。
 こんなに状態の良いアンプをホイホイと提供してがねって下さった山崎さんに感謝、感謝です。

 なお、先週のセッションが大変盛り上がってしまったので、山崎さん、クレシェンドのマスターとは今度の日曜日、平井のスタジオ「OTOKITI」にて、大音量で再びセッションする事になりました。
 ドラマーがいないので、日曜日までにドラムのみのカラオケをミックス・ダウンしなければなりません。
「オン・ステージ’72」をクレシェンドで聴いた山崎さんは「プラウド・メアリー」を気に入って、来週までに覚えてきてくれるそうです。

 本来ビールを飲みに行くのが目的のクレシェンドでしたが、思いもよらぬ展開になってきました。


8月28日( ♪♪♪クレシェンドでスペシャル・セッション♪♪♪

 もはや習慣となってしまった、毎週日曜日夕方のクレシェンド通い。
 今日も「もう飲酒してもかまわないだろう」という午後3時に、満を持して自転車を飛ばし、クレシェンドへ。
 店に入ると先客がカウンターに。
 マスターが組んでいるベンチャーズ・コピー・バンドのベーシスト、山崎さんでした。
 山崎さんとはクレシェンドで何度かお会いしていて、その都度楽しくお話させていただいてますが、今日は途中から「セッションやりたいね」って事になって、山崎さんはベースを取りに、レッテレはギターを取りに一度自宅へ戻りました。
 お互い、自転車で数分という自宅の近さがなせる業でありましょう。
 リード・ギター、レッテレ、ベースに山崎さん、そしてリズム・ギターにマスターという顔ぶれですが、ドラムがないのは淋しいと思い、'70年代ベンチャーズ・カラオケのすべてが入ったMTRの配線をはずして持ってクレシェンドに戻ると、マスターはUSAジャズ・マスターの弦を張り替えている最中、山崎さんは水色のYAMAHAブルージーン・カスタム・ベースを抱えて指慣らしをしていました。
 フェイバリットなバージョンや年代の違いこそあれ、ベンチャーズを熟知し、腕の確かなプレイヤーとのセッションは大変楽しいものでありました。

 

 それにしても、'70年代ベンチャーズ・カラオケをクレシェンドのシステムで再生すると、それはもう、ゴキゲンなサウンドで鳴り響いてました。
 機会があればまた、ここで自分の作ったオケを再生してもらいたいと思います。


8月21日( ♪♪♪甲子園で「ダイアモンド・ヘッド」♪♪♪

        

  先々週の週末から先週の半ばまでお盆休みという事もあって、よく高校野球を見ました。
 その中で、金沢高校の応援を聞いてぶったまげました。なんと、ベンチャーズの「ダイアモンド・ヘッド」に歌詞を乗せて大合唱しているではありませんか。
 チャンス・テーマ、略して「チャンテ」というらしいですが、数年前、プロ野球の巨人軍で仁志選手がテーマ曲にしていた時以来の驚きでした。
 今の世代だったら、ベンチャーズとかそんなんじゃなくて、AKB48とかモーニング娘。とか、いくらでも素材はあるだろうに、と不思議な感覚で聞き入っていました。
 なお、ネットで探ってみたら、どうやら「ダイアモンド・ヘッド」というよりは「渚の女王様」のカバー、というのが正しいようですね。
 どちらにしても、思いがけない時に思いがけない曲を耳にして、ちょっと得した気分でした。

               youtubeです↓
    金沢高校 チャンテ「渚の女王様」 in 甲子園

8月16日( ♪♪♪巨大レッテレ出現!♪♪♪

    

 いつも親しくさせていただいている大阪の'70年代派ドラマー、エイトタムさんこと、ジョー山之上さんからゴキゲンな写メ入りの、残暑お見舞いメールを頂きました。
 エイトタムさんの演奏仲間の方が、滋賀県は南草津の駅近くで撮影した物だそうですが、いやあ、実によくできていて、思わず微笑んでしまいます。
 叶う事なら、この目で実際にじっくり眺めてみたいものです。

 エイトタムさん絡みでもう一枚。

 

 やはりエイトタムさんが知り合いの方から送ってがねってもらった物という事ですが、モノクロとはいえ、こんなクリアーな画像には、めったにお目にかかる事はできません。
 '76年のジョー・バリル、スバラシイデス!


8月13日( ♪♪♪5年振りのTADセッション♪♪♪

 お盆です。
 マラソン大会に向け、トレーニングを開始しましたが、2日目にして膝と太ももが激しく悲鳴を上げています。
 無理をし過ぎると危ないので、今日は散歩程度で様子を見ました。
「10Kmぐらいなんとかなるだろう」とたかをくくっていましたが、中学の陸上部以来現役を離れてフン十年、弛緩しきった肉体をどうにかしないと、前途は厳しいです。(--;)

 さて今日は、お盆休みという事もあり、同窓会の要素も兼ねて、約5年振りに高校時代のTADのメンバーで集まる事になりました。

 まずはレッテレ行きつけのスタジオ「OTOKITI」にてセッション。
 ドラムの中尾 丈やベースの葉山次郎は曲を思い出すのに苦労していましたが、約2時間「第2期TAD」のサウンドを満喫しました。
▲赤いテレキャスターとプレシジョン・ベース。'70年代ベンチャーズをプレイするには、絶対的な組み合わせです。
▲ロマンス・グレーが渋い葉山次郎。背が高く、プレベのボディーが小さく見えます。
▲昔ながらのレギュラーグリップで叩く中尾 丈。十代に培った確かな基礎テクニックは、今も健在です。
▲短髪のレッテレです。(^^;) 黒の上下は、一応ベンチャーズをプレイする時の「正装」なんです。
▲キャラバンのベース打ち。5年振りの手合わせにもかかわらず、息もぴったりでした。

 スタジオ・セッションの後は亀戸に移動し、クレシェンドにて二次会。
 レッテレのゴキゲンな隠れ家を、ぜひともメンバーに紹介したくて、案内しました。
 マスターも心得ていて、3人が席に着くと、早速「ベンチャーズ・オン・ステージ’71」をかけてくれました。
 葉山次郎も中尾 丈も、
「こんないい音の、しかも大音量でベンチャーズのライヴ盤が聴けるなんて!」
と大感激。
 マスターの粋な計らいに感謝しつつ、思い出話に花を咲かせました。
 クレシェンドのビールでほとんど酩酊状態になりながらも、その後居酒屋や餃子専門店をはしご。
 あいにくドン佐藤(小林浩二)が仕事で多忙のため参加できなかったのが残念でしたが、いずれ近いうちに、フル・メンバーでの再会を約束してお開きとなりました。

8月10日( ♪♪♪マラソン大会に出てみようと思います♪♪♪

 私事ではございますが、訳あって11月27日に開催される「江東区シーサイドマラソン」にエントリーしました。

 
第31回江東区シーサイドマラソン大会

    

 ハーフマラソンと10Kmマラソンがありますが、レッテレがエントリーしたのは10Kmの方です。
 抽選方式ですので、当選しないと出場できませんが、今日からしばらくは、出場する前提で日々を過ごそうと思っております。
 もともと長距離は得意で、中学3年生の時には地域の駅伝のメンバーにも選ばれて走っておりますので、あながち無謀な挑戦とは言い切れません。
 しかしながら、成人して以降はジョギングすらしておらず、3ヶ月後に大会があるというのに、いまだシューズもウエアも用意していない、というところに若干問題はあります。(^^;)

 ともあれ、これから秋にかけて、ギタリストとアスリートの2足のわらじをはいて頑張って行こうじゃないかと、こういう訳でございます。

 まあ、なんとかなるでしょう。頑張ります。

8月3日( ♪♪♪新聞のTV欄になじめません♪♪♪

 地上波放送の完全デジタル化にともない、新聞のTV欄も一新されましたが、これにどうも順応できなくて困っています。
 テレビ朝日とテレビ東京のチャンネル番号が1桁に変わったのに応じて、TV欄におけるテレビ局の並びもそれに準じたため、今までと見た目の位置がまるで変わってしまったので、著しく頭が混乱しています。

 

「あれ、なんでテレビ東京で『SMAP×SMAP』やってんの?」
ってな具合です。
 地デジ移行のしょっぱなから、テレビ朝日で放映のプロ野球オールスター・ゲームを見ようと、6チャンネルを押してました。
(^^;)
 ベンチャーズ・ファン歴フン十年、歳とともに頭はどんどん固くなってきてます。
 まだまだこんな状態は続くことでしょう。
 こんな時、'70年代のドンさんはこう言っておりました。
「コマッタナア〜(^^;)」
1975年7月12日 東京厚生年金ホールにて

8月1日( ♪♪♪今日は何の日、フッフ〜♪(古いかな?)♪♪♪

 今から37年前の1974年8月1日。
 ベンチャーズの松戸公演があった日です。
 多感なティーンエイジャー(死語?)であった少年レッテレは、ベンチャーズ・ファンとなってからの人生で、一番間近にノーキーはじめ、ベンチャーズのメンバーと接したのでありました。

      
「文字で聴く1974年松戸公演」

 

 寝ても覚めてもノーキー、そしてベンチャーズ。
 その後人生でこれほど何かに対して夢中なった事は、恋をした時以外、記憶にありません。

 ちなみに上記の文字ライヴを執筆した折、記憶では「8月10日」だと思っていました。
 が、念のためベンちゃん'sで確認したところ、8月1日である事がわかったのです。
 人間「あんなことがあった」という記憶が保てても、正確な日時までは覚えていないものですね。
 信頼の出来るデータ・ベースがあるというのは、ほんとにありがたいものです。
 
7月30日( ♯♯ベンちゃん'sのリンク・バナーを再移動♯♯♯

 ベンチャーズのデータに関しては辞書のように愛用させていただいている「ベンちゃん's a Go! Go!」を、もっと使いやすくするために、リンク・バナーをトップ・ページの右フレームから左フレームに移動しました。
 これで、当ホーム・ページのどのコーナーにいても、すぐに直接ベンちゃん'sにアクセスする事ができます。
 主にレッテレ自身の、
「あれ、19〇〇年の〇〇市民会館の公演は、何月何日だったっけ?」
「〇〇〇〇のアルバムは、何年何月何日の発売だったけ?」
なんていうホームページ編集作業用の措置なので、皆さんにはあまり縁がないかもしれませんが、必要に応じてご活用いただければ幸いです。

 レッテレにとってベンちゃん’sを編集の資料としてではなく、普通に閲覧する場合での、一番の楽しみは「DATA」コーナーの「ジャパン・ツアー・データ」です。

 

 ビール・グラスを片手にほろ酔い加減で、これの1970年代の欄を眺めながら、
「ああ、あの時はあんな事やこんな事があった」
と、つい昨日の事のように思い出しながらタイムスリップするのが、最高に幸せなんです。

7月20日( ♭♭♭デイヴ・カー氏死去♭♭♭

 昨日、ベンちゃんから「数日前にデイヴ・カーが亡くなった」との情報が送られて来ました。
 67歳だったそうです。まだまだ天国に召される歳ではありませんね。
 つい先日、フォーチュンズがらみで話題にした矢先だったので、本当にびっくりしました。
 また一人、ベンチャーズ・ファミリーのメンバーがこの世を去って行ってしまい、淋しい限りです。
 謹んでご冥福をお祈りいたします。



▲1974年夏、このフランシスコ・ザビエルのような穏やかな表情で奏でてくれた「テルスター」のメロディーは、一生忘れる事が出来ないでしょう。

7月18日( ♭♭♭'70年代ライヴ盤ベスト10♭♭♭

 HPを長くやっていると、色々な方から色々なメールをいただき、大変興味深い話題を振ってきて下さいます。
 中でも特に面白いと思ったのは「私の'70年代ライヴ盤ベスト〇〇」的な物です。
 ちなみにその方(匿名を希望されているので、仮に「TPJさん」としておきます)は、熱烈なジェリー・マギー及びダイナミックスのファンでありながら、「オン・ステージ71」や「ダイナミックス・イン・ジャパン」を2位、3位にして、なぜかベスト1にはノーキーがリードの「オン・ステージ’72」を選んでいました。
 リード・ギターがジェリーでなくノーキーであるにもかかわらず、その演奏内容や録音の出来など、すべてを公正に比べて判断したのでしょう。大変フェアな姿勢には頭が下がりました。

 そこでレッテレもレッテレなりの'70年代ライヴ盤のランキングを選定してみようと思い立ちましたので、実行してみました。

 もちろんTPJさんを見習って、公正な評価を志したつもりです。

レッテレが選ぶ
「'70年代ライヴ盤ベスト10」

 '70年代のライヴ盤に限らず、曲別に、例えば、
「10番街の殺人は〇〇年のバージョンが一番いい」
なんて話をファン同志でしても、大変楽しいと思います。
 ちなみにレッテレはクレシェンドのマスターと、
「ダイアモンド・ヘッドと10番街は、スタジオ盤が一番いいけど、ドライヴィング・ギターやブルドッグはライヴ・バージョンの方が断然いい」
なんて話をしょっちゅうしては盛り上がっています。


7月17日( ♭♭♭愛用のベルトに別れを告げました♭♭♭

 二十代半ばに手に入れて以来、30年近く毎日着用していた革のベルトが、最近急速に傷みが激しくなり、見るに耐えかねる状態に陥っていたので、やむなく新しいのを買いました。
 およそ30年もの間、レッテレの腰に巻かれていたベルトは、知り合いが海外旅行に行った折、アラスカで買ってきてくれたものですが、思えばそれ以来、1985年のTADライヴから、一番最近のRWFビーグル・ライヴまで、すべてのステージにおいて、このベルトを着用して演奏してきたのでした。
 そしてその間、レッテレが所有したすべてのギターのボディーの裏側に、このベルトの金属製のバックルが、輝かしい擦り傷を残してきた訳です。
 いや、一番新しい赤いテレキャスターだけは、バックルにカバーをして演奏したので、無傷でしたが、半分残念な気持ちかな。

▲1985年10月 錦糸町38にて ▲2011年2月 馬橋ビーグルにて

 古いベルトは、新しいベルトを買った、浅草の新仲見世通りのベルト専門店に処分をお願いして帰ってきてしまいましたけど、今になってちょっと名残惜しい、淋しい気分に襲われています。
 長い間お世話になったね、お疲れ様、と言いたいです。

7月9日( ♭♭♭1971年のヒット曲といえば♭♭♭

「雨のフィーリング」の他に、もう一つ大好きな曲があります。
 当時中学3年生で、ラジオの深夜放送を聴き始め、ちょっと大人の仲間入りをした気分になっていた頃です。
 ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズの「恋のかけひき」は実に耳にすんなりと入ってきて、レッテレの心をわしづかみにしてくれました。

     

 http://www.youtube.com/watch?v=mxh2bFXjC7Y

 ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズといえば、メンバーのダニー・ハミルトンが元々はベンチャーズの弟分で、「ダイアモンド・ヘッド」を作曲したという、あまりにも有名な話の他に、ジョー・バリルが在籍していた、という話も'70年代ベンチャーズ・ファンの間では常識となっております。
 グループ名からしても、「レマーソン・レイク&パーマー」や「クロスビー・スティルシュ・ナッシュ&ヤング」のように、メンバーの名前を羅列したタイプ。
「ハミルトン・ジョー・フランク&レイノルズ」
なんて、いかにもジョー・バリルが存在してそうじゃありませんか。

 しかしながら・・・。

 ネットで検索すると、どうもこのグループは3人組なんですね。写真も3人で写ってる写真しか見当たりません。
 しかも、その3人の中にはジョー・バリルらしき人物はいません。

 あれ〜、と思いつつ、英語表記のグループ名を眺めていて、はたと気づきました。

  Hamilton, Joe Frank & Reynolds

「ハミルトン/ジョー/フランク/&レイノルズ」
ではないんですね。
「ハミルトン/ジョー・フランク/&レイノルズ」
つまり、ハミルトンとジョー・フランクそしてレイノルズ、という訳です。

 ジョー・バリルがこのグループに在籍していたのは事実だとしても、主要メンバーではなく、レコーディング・メンバーとか、ツアー・メンバーの次元の話のようで、ちょっと残念です。
 だいたい、他の二人は苗字だけなのに、一人だけ「ジョー・フランク」なんて、紛らわしすぎるんだよな。
(^^;)

7月8日( ♭♭♭謎が解けました♭♭♭

 昨夜、日記を更新したあと、ドン佐藤からメールがあり、こんなサイトを紹介してくれました。

 http://www.brumbeat.net/fortunes.htm

 このサイトの中に、

David Carr piano (left 1968)

と明記されてますから、デイヴは1968年にフォーチュンズを抜けているのですね。
 つまり「雨のフィーリング」がヒットした1971年には、彼はフォーチュンズに在籍していなかった訳です。
 どうりで誰がデイヴだか分からないはずです。いないんだもの。(^^;)

 そのかわり、1968年のフォーチュンズの写真を見ると、明らかにそれと分かる人物がしっかり写ってますね。

        

 左から二人目。これをデイヴと言わずして、誰がデイヴでしょう!?


7月7日( ♭♭♭雨のフィーリング/フォーチュンズ♭♭♭

 梅雨時のうっとおしい気分を不振り払いたくて、久々にフォーチュンズの「雨のフィーリング」を聞きたくなり、検索してYoutubeにて鑑賞しました。

          

 フォーチュンズといえば、1974年のベンチャーズの来日ツアーに参加したデイヴ・カーが在籍していた事で有名ですが、はて、Youtubeの映像に現れたバンドの画像を見ても、どの人物がデイヴなのか、さっぱりわかりません。
(^^;)

 http://www.youtube.com/user/oldiesbutgoodies4you

 この曲がヒットしたのは1971年、デイヴがベンチャーズのメンバーとして来日したのが1974年。
 人間って、わずか3年の間にそんなに変化するものなんでしょうか?


7月3日( ♭♭♭暑いです♭♭♭

 7月に入り、いよいよ夏本番ですが、あまりの暑さに、数年間維持してきたロン毛をバッサリ切ってしまいました。
 レッテレにとって、赤いテレキャスターとロン毛はセットのような物なので、できれば切りたくなかったのですが、折からの節電ムードで仕事場の冷房を作動させていないため、限界を感じ、やむなく鋏を入れました。
 お相撲さんの断髪式での心境がわかったような気分でした。
(^^;)
 ロン毛にこだわってきたのは、もちろん'70年代のノーキーの影響です。
 ノーキーの髪が一番長かった1975年。
 この年のノーキーは、初めて髭を蓄えて来日、ほんとにカッコよかったんです。

         

 いずれまた涼しくなってきたらロン毛にチャレンジしようと思いますが、切るのは簡単だけど、伸ばすのには月日がかかるんですよね。
(;_;)

6月26日( ♭♭♭爪の手入れのお話♭♭♭

 ベンチャーズのリード・ギターをプレイしていると、どうしても右手の爪を伸ばす必要性が出てきます。
 ジェリー・マギーは根っからのフィンガー・プレイヤーだし、ノーキーも'70年代中期以降から次第にサム・ピックの使用頻度が増えていき、最近はほぼ100%近くをサムでプレイしています。
 また、ノーキーがフラット・ピックでプレイしていた'60年代や'70年代初頭においても、頻繁にに中指や薬指でハーモナイズさせるので、フィンガー・プレイヤー同様に、右手の爪は伸ばしていた方がスムーズに弾く事ができますね。
 ちなみにレッテレはこんな具合に伸ばしています。

            

 フィンガー・プレイ及び爪の伸ばし方はすべて我流なので、形状としてはあまり一般的ではないかも知れません。
 著名なギタリストの写真を見ると、もうちょっと両端が角張った、琴の爪みたいな形状の場合が多いように思いますが、もうこれで慣れきってしまっているので、今さら変える訳にもいきません。

 爪の手入れは1週間に一度、割と荒っぽく適当に爪切りで、パチンパチンと切ってしまいます。切った後は一応ヤスリで切り口を滑らかに整えますが。
 本当は毎日ヤスリでこまめに手入れしなきゃいけないのでしょうが、レッテレのプレイにはそれほどデリケートな右手の爪の感覚は必要ないのでライヴ本番前の半月ぐらいを除き、適当にやってます。

 爪の手入れと言えば、俳優の伊吹吾郎さんのエピソードを思い出しました。
 伊吹さんは時代劇「水戸黄門」の格さん役で有名ですが、若い頃から趣味でフラメンコ・ギターを弾き、その腕前もかなりの物と聞いています。
 事実、ずいぶん前の事になりますが、レッテレが自由ヶ丘のナイトクラブで演奏していたところへ、伊吹さんの奥様がお知り合いとお見えになって、お席にお邪魔してお話した時、
「うちの主人、暇さえあれば手を上にかざして、爪の長さをチェックしているのよ」
とおっしゃってました。
 そして、つい最近、テレビの夜中のバラエティー番組に伊吹吾郎さんが出演したのを偶然見合わせたのですが、その時伊吹さんの紹介のコーナーで流れた映像。
 水戸黄門のラストの方の場面、
「この紋所が目に入らぬか!」
と、三つ葉葵の印籠を握った右手をグイッと前に突き出すシーンで、伊吹さんの指先を何気なく見ていたら、なんと「いかにもギタリスト然とした」きれいに整えられた爪が、はっきりと確認できました。

          

 奥様のおっしゃっていた通り、伊吹さんは常日頃から情熱をもってギターを弾き、爪の手入れも怠っていないのだ、と思いました。レッテレも少しは伊吹さんの爪の垢を煎じて飲まなければいけませんね。
(^^;)

 そうそう、右手の爪と言えば、もう一つ面白い話があります。
 先月ノーキー金子さんとお会いした時、フィンガー・プレイの話題から右手の爪の話になったのですが、金子さんは仕事柄、爪を伸ばしてはいけないそうなので、完全なフィンガー・プレイに徹する時は、こんな金属製のフィンガー・ピックをはめて弾くそうです。

▲新品の段階では真っ直ぐの状態なので、自分の弾きやすいように、試行錯誤で湾曲させたそうです。
 これには驚きました。
 楽器店のピック売り場で度々目にしますが、
「こんな物実際に使い物になるんだろうか?」
と疑問視していただけに、現実にこれを使って弾いているという人に初めて出会ったので、ちょっと感激しました。
 金子さんはこれを、カメラのフィルムのケースに入れて、常にバッグにしのばせ、持ち歩いています。カッコいいですねえ。
 表舞台には、常にモズライトを携えて登場する金子さんですが、自宅にはオールドも含めて、状態のいいテレキャスターが3本あるそうで、きっとゴキゲンなカントリー・リックスなんかもバシバシ弾いてしまうんだと思います。

 なお、金属製のフィンガー・ピックと聞いて、プロレスラーの「鉄の爪/フリッツ・フォン・エリック」を連想した人は、歳がばれます。
(^^;)

6月19日(

その2
♭♭♭クレシェンドのビールのその後♭♭♭

 久々に何も用事がない日曜日。
 こんな日は、
「ぼちぼち飲酒しても罰が当たらないかな?」
という夕方近くになると、その時間を待ち構えていたかのように、クレシェンドに向っています。

約2週間ぶりに顔を出すと、いつもの通りのにこやかな顔でマスターが、
「今日はそろそろ来るんじゃないかと思ってたよ」
と迎えてくれました。
 5月22日の日記に書いた通り、レッテレが愛飲していたスーパー・ドライのスタイニー壜は製造中止。
 後釜には、マスターがやむなく選んだスーパー・ドライの350ml缶がギンギンに冷やされてスタンバイしていたので、おいしくいただきましたよ。


 

 今日は、
「知ってる人は知ってるから、そんなに珍しくないかもしれないけど、レッテレさんは聴いた事あるかな?」
と言って、'60年代の擬似ライヴ盤の、
「ベンチャーズ・オン・ステージ」
の拍手、歓声が入っていないバージョンを聴かせてくれましたが、レッテレは初耳だったので、とても新鮮でした。

 小学生の頃「ペダル・プッシャー」「星への旅路」「キャラバン」の3曲入りのコンパクト盤で聴いて以来、この音源のベンチャーズの演奏にはかなりしびれておりましたが、ともすれば耳障りな、わざとらしい拍手や歓声がまったく入っていないバージョンを聴いて、この録音でのベンチャーズの演奏の完成度の高さを再認識しました。

6月19日(

その1
♭♭♭1ヶ月半振りの更新♭♭♭

 5月の連休以降、なにかと慌しい日々が続き、更新ができずにおりました。
 そんな中にも、日記に書きとめておきたい印象的な出来事がいくつかあったので、遅ればせながら、下記の通り挿入しておきました。
 レッテレは、体だけは元気になんとかやっておりますが、梅雨時の不安定な陽気が続きます。皆様もどうか体を労わって、素敵なベンチャーズ・ライフを送ってがねって下さい。


     

5月29日( ♭♭♭懐かしい人と20数年振りの再会♭♭♭

 
このところ、久々に旧知の人と再会したりする機会が多いですが、今日はなんと20数年振りに再会する方の登場です。
 その方は松田 亨さんといって、かつて秋葉原にある某大型家電販売店の楽器売り場にいらっしゃいました。
 現在は転職なさったそうですが、レッテレが二十代の頃、楽器から家電製品まで、何を買うのでも、お得意様価格にて、それはそれは大変お世話になっていました。
 プライベートでも話が合い、お互いの結婚式にもビデオ・カメラ持参で出席し合った仲です。
 その後、松田さんの転勤により、長らく年賀状のやり取り程度のお付き合いで年月が過ぎてしまいましたが、つい先日突然メールを頂き、さっそくの再会となった訳です。
 待ち合わせはもちろん秋葉原。
 あいにく、折からの土砂降りの雨でしたが、午後の3時から夜の10時近くまで、懐かしい思い出話や近況報告に花を咲かせました。

 松田さんとの思い出で1番といったら、やはり1983年に、フェンダー・ジャパンの赤いテレキャスターを買った時のエピソードでしょうか。
 
 この時、フェンダー・ジャパンのテレキャスターのラインナップには「赤いボディーにメイプル・ネック」の組み合わせはなく、かといって、メーカーによる正式な特別注文のシステムもありませんでした。
 そんな状況の中、松田さんが工場出荷時に特別に赤い塗装をしてもらえるよう、手配してくれたのです。
 しかも「キャンディー・アップル・レッド」という塗装配合の存在も知らなかったので、注文の際に提出する色のサンプルを、松田さんが自分が勤務する店のビルをくまなく歩き回って、ポスターやら張り紙やらを入念にチェックしながら探してくれました。
 2時間か3時間かかったでしょうか、
「これですよ、これ!」
と選んでくれたステッカーの色は、まさに「ベンチャーズ・オン・ステージ’72」の解説書の表紙の、あのノーキーのテレキャスターの赤に限りなく近いように思われました。
 単なる「お店と客」ではなく、商品を提供するにも全力を注いでくれた松田さんの誠意ある姿勢には、ほんとに感激したものでした。
▲お互い生ビールを何杯おかわりしたでしょうか。
 お開きの時点では、二人ともヘベレケ。お住まいが平塚の松田さん、ちゃんと自宅にたどり着けたかな。

5月22日( ♭♭♭ビールと映画♭♭♭

 
先月の末以来、およそ1ヶ月ぶりにクレシェンドに顔を出して来ました。
 3月の大震災以降、夕方6時までの営業が続いているので、平日の退社時間が遅いレッテレには、歩いて10分足らずという家の近所にあっても、意外となかなか行くことがむずかしい状況なのです。
 今日は大震災の思いもかけぬ影響に遭遇してしまいました。
 レッテレはクレシェンドでは、ビールを注文する事が圧倒的に多く、お店に入ってカウンターに座るとすぐに、
「ビールでいいよね?」
とマスターが言ってくれます。(^^)v
 クレシェンドのビールは、アサヒ・スーパー・ドライのスタイニー壜ですが、大震災による工場の被害か何かで、これが製造休止あるいは中止となり、入荷不能になってしまったそうです。
 なんとこの時レッテレが注文したのが、クレシェンドのビールの在庫の最後の1本だったのでした。
▲こいつを厚さの薄いタンブラーに注いで飲みながら、最高の音質で音楽を聴く。これがたまらないんですね。
 この日はマスターと音楽映画の話になり、レッテレが「アメリカン・グラフィティーってやたらと有名だけど、まだ見たことがない」と言うと、わざわざお店の二階にある自宅まで取りに行って持って来てくれました。
 そして、
「もしかして、当時ののアメ車とか、アメリカの街並みの雰囲気とかに興味がない人には、あんまり面白くないかもしれないから。」
と言って、もう1本、
「こっちはストーリーが面白いから見やすいと思うよ」
という事で、トム・ハンクス監督作品の「すべてをあなたに」とともに、貸してくれたのです。

 帰宅して早速鑑賞しましたが、マスターの予想通り「アメリカン・グラフィティー」は半分ぐらい過ぎたところで飽きてしまい、最後まで見るのを断念。
 そのかわり「すべてをあなたに」は、話の筋が明確で面白く、夢中になって最後まで見終わってしまいました。
 トム・ハンクスの作曲によるオリジナルのリバプール・サウンド風のポップスも、実にいい曲で、映画の舞台となっている1960年代の中期に発売されていたら、間違いなく大ヒットしただろし、当然ベンチャーズもカバーしていただろうと思います。
▲ちなみに「すべてをあなたに」でヒロイン役を演じているリヴ・タイラーは、あのエアロスミスのスティーヴン・タイラーの娘。エアロスミスといえば、メンバーがベンチャーズの大ファンな事で有名ですから、この映画もあながちベンチャーズとは無縁ではないのです。

5月15日( ♭♭♭またまたギターの名手との出会い♭♭♭

 物事には「勢いがつく」とでもいうのでしょうか、nonkiemaniacsさんとお会いした10日後に、今度はノーキー金子さんとお会いできる事になりました。
 ベンチャーズ倶楽部の創始メンバーである金子さんについては、ネットや知り合いの話でその存在はずいぶん以前から知っておりましたし、ライヴで演奏するお姿も何回かは拝見しています。でも実際にお話する機会はありませんでした。

 まあ、リード・ギタリストという人種は、例外もありますが総じて警戒心が強く人見知りなタイプが多いので、リード・ギタリスト同志って意外とすぐに仲良しにはなれなかったりするような気がします。

 そんな折、熱心なベンチャーズ・ファンとして有名で、数多くのベンチャーズ・コピー・バンドの皆さんと交流があり、レッテレも10年来のお付き合いをさせていただいているジェリー・ジェリー・ジェリーさん(以降TGさん)の仲介により、本日ようやくノーキー金子さんとのご対面が実現しました。

 秋葉原の某居酒屋にて、ノーキー金子さん、TGさん、そしてオブザーバーとして参加したRWFのなっつとともに、真昼間の2時から日が暮れるまで、実に楽しいひと時を過ごしました。
▲激論を戦わせ、ヒート・アップするノーキー金子とレッテレ!?
▲この日の参加メンバー全員で記念撮影

 金子さんとは、お互いのベンチャーズ観や、他のバンドの優秀なプレイヤーの感想及び賛辞や、練習方法やライヴに対する心構え等、実に色々な事柄についてお話しましたが、二人の考えに大きな食い違いはなく、最後は意気投合してしまいました。
 片やモズライト、一方はテレキャスターで活動する二人ですが、基本的な音楽へのアプローチのに仕方に変わりはないという事がよくわかりました。

5月7日( ♭♭♭ギターの名手との再会2♭♭♭

 nonkiemaniacsさんとの出会いは、今を遡ること27年前。
 当時はインターネットもメールもない時代でしたから、ベンチャーズ・ファンと横のつながりを持つための手段といったら、もっぱら手紙でした。
 自分のバンドのライヴの宣伝をするために、プレイヤー誌のメンバー募集欄を漁り、ベンチャーズのコピー・バンドをやっている人に手紙を書きまくっていた時期がありました。
 1983〜84年頃の事です。
 そんな折、
「ベンチャーズやりたし。ドラム急募。J.バリル風大歓迎」
という文面で募集をかけていたのが、nonkiemaniacsさんでした。
 メル・テイラーではなく、あえてジョー・バリルの名前を出しているからには、バリバリの'70年代派なんだろうなと思い、即手紙を書きました。温かい返事をもらった事を覚えていますが、すぐにご対面、ということはありませんでした。
 そして1984年7月18日、五反田簡易保険ホールで行われた、その年のベンチャーズ東京公演での事。
 開場を待っている間、当時よく可愛がってもらっていた高橋名人と談笑していると、名人が数メートル先を見渡して、
「あそこに知り合いがいるから紹介するよ。君と同じで、’70年代のノーキーを弾かせたら上手い奴だよ。」
と言って、その人のもとへ連れて行ってくれました。
 それがnonkiemaniacsさんでした。
 お互い、手紙をやり取りした相手である事は認識していましたので、後日の再会を約束しました。
 その後連絡を取り合い、スタジオでセッションしたり、酒盛りをしたりで、それはおおいに盛り上がったものでした。
 以来今日まで、’70年代のベンチャーズ・ファン同志として、友好を暖め続けてきた訳です。

▲これは数年前にnonkiemaniacsさん宅にお邪魔した時、右手と左手を分担して「ウォーク・ドント・ラン」を弾いているところです。
 結構息も合ってまともな演奏になったので、笑ってしまいました。

 nonkiemaniacsさんのギター・ワークは「一度自分の中でノーキーのフレーズを消化した後、自由に組み合わせて表現する」といった高度な物で、ベンチャーズのナンバーを弾いても、まるで本物のノーキーの未発表音源を聴いているみたいにカッコいいんです。

 そんなnonkiemaniacsさんのギター・ワークに興味のある方は、こちらをクリック↓
YouTube
nonkiemaniacsさんのチャンネル
 レッテレが作った「'70年代ベンチャーズ・カラオケ」をバックに、ゴキゲンなギター・ワークを披露してくれています。


5月5日( ♭♭♭ギターの名手との再会♭♭♭

 先月の末、20数年来のお付き合いをさせていただいているnonkiemaniacsさんから「久々に会いませんか」と連絡を頂いたので、ご自宅にお邪魔してきました。
 4月10日の日記で「1959年のテレキャスターを購入した知り合いがいる」と書きましたが、その知り合いこそ、このnonkiemaniacsさんその人であったのです。
 今回お会いする一番の目的は、レッテレのノーキー’75モデルとnonkiemaniacsさんの1959年テレキャスターをお互い見せっこする事でした。
 1959年製のテレキャスター、さすがは半世紀以上も生き抜いてきただけあって、ものすごい風格を持ったギターでした。
 購入価格を聞いたら、なんとレッテレのフル・オーダーのノーキー’75モデルの倍近い値段でした!

 


 ギタリスト二人が顔を揃えたら、する事といったら決まっています。
 お昼にお邪魔して、焼酎とビールで乾杯もそこそこに、セッションが始まり、夕方暗くなるまでほとんど弾きっぱなしでした。
 nonkiemaniacsさんは、レッテレが尊敬するギタリストの中でもベスト3の一人で、そのギター・テクニックは出会った頃から憧れの的でしたが、今でもすべてが健在でした。


 
 
  nonkiemaniacsさんのblogは↓こちらです。

       遊ぶ大人の”ヒマつぶし”Blog

5月2日( ♭♭♭相互リンク追加「ザ・ランチャーズFAN SITE」♭♭♭

 数年前、このホームページを発見してメールを頂いて以来交流させていただいている富塚昭宏さんが「真冬の帰り道」「シリウスの涙」等のヒット曲及び加山雄三さんのバック・バンドとしても有名なザ・ランチャーズのファン・サイトを開設しました。

       

 懐かしい秘蔵の画像や、情熱溢れる熱いコラムが満載です。彼のコラムでは、ランチャーズや中心メンバーであった喜多嶋修氏の音楽性がが単なるGSやバックバンドではなかった事が切々と語られていて、胸がときめきます。
 しかも、ランチャーズのメンバーである喜多嶋瑛氏、喜多嶋修氏本人のの協力を直接得ていると言うのですから、素晴らしいです。
 レッテレよりだいぶお若いにかかわらず、'60年代の音楽が大好きな富塚さんですが、’70年代一色であるレッテレのホーム・ページを見てすぐに赤いテレキャスターを購入してしまったという柔軟性と情熱には敬服してしまいました。
 リンク・バナーを作ったというメールをいただきましたので、相互リンクさせていただきました。


             リンクの館

5月1日( ♪♪♪ボブ佐藤来日!♪♪♪

 RWFのオリジナル・メンバー、ボブ佐藤が久々に上京したので、平井のスタジオSOUND STUDIO OTOKITIにてセッションしました。
 ドラムとリズム・ギターのみのカラオケを使い、まずは、レッテレのリードとボブ佐藤のベースで1時間ほど演奏。

   

 5年前の冬、お互いに音楽的に一目惚れをしてRWF結成を誓い合った頃を思い出して、感無量でした。

 続いてはRWFのベースをボブ佐藤から引き継いだなっつが参加し、ボブ佐藤のリードで演奏。

  

 ボブ佐藤のギター・ワークは'70年代+'90年代以降のノーキーのフレーバーで、とにかく素晴らしいのです。
 そのプレイは、↓のYoutubeチャンネルでたっぷりと観る事ができます。
 
http://www.youtube.com/user/kengeebee?ob=5#p/u

 スタジオ・セッションが終わった後は、曳舟の中華料理店を経て、ボブ佐藤の希望で東京スカイツリーを見物に。

       
▲至近距離でなければ見られないスカイツリーの根元をバックに、通りすがりの方にお願いして、スリー・ショットです。
4月24日( ♪♪♪プリンターを買い換えました♪♪♪

   
 
 これまで使っていた物が老朽化してきたので、思い切って買い換える事にしました。
 プリンターの買い替えは実に10年振りですが、思い切るという程の覚悟がいらないくらい価格が安くなっているのには驚きました。
 全て前面操作のスッキリした外観に加え、スキャナまで内臓されている。
 必然的に、今まで使っていたスキャナもバッサリと処分しました。
 これで、これまで使っていたプリンターの半分以下の値段なのですから、ほんとに浦島太郎になった気分です。

 セッティングを終えた後、さっそく試し刷りをと思い、以前にデザインした、ベンチャーズの'77年と'78年のライヴCDジャケットをプリント・アウトしてみました。

   

 刷り上りはなかなか良好です。かなり高画質のモードでも、速いです。
 プリンタとスキャナは、レッテレにとってはギターと同じぐらい夢中になれるおもちゃ。今年は暇を見て、またオリジナル・ジャケットをいくつかデザインしてみたいと思います。

4月12日( ♪♪♪アクセス200000件♪♪♪

 先日のオープン9周年に続いて、今日はアクセス・カウンターが20万件を超える記念日となりました。
 ただ、このカウンターは虹沢自身の参考資料および、景気づけとして設置したもので、更新ボタンを押せばいくらでも数字が増加するので、ことさらにお祝いするほどの物ではありません。
 という事で、人様の手を煩わせてはいけないと、自分でGETしてしまいました。

 カウンターの数値はあくまで参考とはいうものの、毎日覗いて下さる皆さんへんの感謝の気持ちには変わりはありません。
 今後ともご一緒に'70年代ベンチャーズの世界を楽しんでいただけたら幸いです。

▲画像をクリックすると、大きな画像が出ます。

4月10日(

その2
♪♪♪天気がいいので♪♪♪

 都知事選の投票をしに外に出たついでに、隅田川のほとりの墨田公園まで桜を見に行ってきました。
 東日本大震災による自粛で、例年ならずらっと並んでいる露天が「出店禁止」ということで、一軒も出店しておらず、淋しい限りでしたが、そんなことにかかわらず桜の花は満開。気の早い木は、もう葉っぱが出始めていました。

 

 プチ花見から帰った後、桜と赤いテレキャスターは似合うんじゃないかと思い立ち、自宅近くの公園で記念撮影。
 そのあと、東日本大震災後、営業時間短縮のため、しばらく顔を出せないでいたクレシェンドに、ビールを飲みに行って来ました。
 クレシェンドのマスターは、真空管をこよなく愛するオーディオ・マスターですが、実際に音を出す際にはシステムのこだわりはなく、アナログ・レコードとCDを併用して、色々な音源をかけてくれます。
 マスターは、ベンチャーズに関してはスタジオ・バージョンが一番の好みだそうですが、レッテレもプレイヤーとしてではなく、完全なリスナーとしては、'60年代のスタジオ盤を好んで聴きますので、マスターが選ぶアイテムに不満を感じた事はありません。
 今日も、他のお客さんが引けて貸切状態になると、それまでかけていたジャズのCDをさっさと消して、アストロノウツのライヴ盤を始めとして、マニアックなエレキ・インストをたっぷりと聴かせてくれました。
▲レッテレの憧れの的、DENONのアナログ・レコード・プレイヤーです。
 このシステムで「10番街の殺人」や「ダイアモンド・ヘッド」のシングル盤とLPバージョンのミックスの違いを聴かされた時には、本当に鳥肌が立ちました。
 LP盤とシングル盤の音の違いが、はっきりとわかるんです。自宅のせこいステレオでは絶対に体験できない事です。

4月10日(

その1
♪♪♪オールド・ギターの話♪♪♪

 このところ古い知り合いお二人から相次いで、
「1959年のテレキャスターを購入しました。」

「1950年のブロードキャスターを手に入れました。」
という、実に景気のいい知らせが届いております。
 レッテレはギターの目利きの素質がないので、高価なオールド・ギターには手を出さないようにしてきましたが、このお二人は単なるコレクターではなく、ギターの腕前もかなりのものなので、そうした人たちの近況や、購入したギターの画像を拝見しているだけで、とても豊かな気持ちになります。

 ところで、レッテレが赤いテレキャスターをオーダーしたギター・ショップ「グラウンワイド」は、新品も扱ってはいますが、専門はオールド・ギター。
 お客さんの要望を聞いては、年に何度か渡米して現地で実際に実物を吟味した上で、貴重なオールドギターを仕入れて来るそうです。
 赤いテレキャスターを発注する際、そんなオールドの専門家である廣地一美マスターに、レッテレはおおまかな説明だけで、あえて細かい注文をつけずに、すべてをお任せしておりましたが、マスターのフィルターを通して出来上がってきたテレキャスターは、まさに「新品のオールド」でした。
 もちろんネックもボディーもピカピカですが、エフェクターを通さずに、素のままで弾くと、実に枯れた渋い音が出ます。

 ただ、音作りが下手なレッテレには、このギターの音の調整は難易度が高く、先々月のライヴでもずいぶん苦戦し、本番中に何度もアンプやエフェクターのつまみをいじくりました。

 これもひとえに、ノーキー・エドワーズという人のサウンドの特殊性が原因です。
 目指す音がジェームス・バートンや、ロイ・ブキャナンのような「モロ・テレキャス」のパキパキした高音の鋭い音であれば何の問題もないのですが、ノーキーの、特に'70年代前半の音は、極端な表現を使うと、実にテレキャスターである甲斐のない、中音域が豊かな独特のトーンなのです。
 
 完成して3ヶ月あまり、色々試した結果、ローランドのJCシリーズのようにクセのないアンプでは、このギターの素の特性が拭いきれず、なかなか納得した音が作れません。
 どちらかというと、ピーヴィーやメサ・ブギーといった真空管アンプで「ちょい歪み」にセットしてやると、’74年のサンのアンプを使ったノーキーの音に近づくようです。

▲1974年 ノーキーとサンのアンプ
 なお、音質はまだまだコントロールできないでいますが、弾き味に関しては、これはもう今まで手にしてきたギターの中でも最高で、毎日ハードケースから取りだして爪弾くのが、本当に楽しみなんです。

4月5日( ♪♪♪今日は何の日?♪♪♪

 本日4月5日は「虹沢 秀のGALLERY」の、満9歳の誕生日です。
 2002年4月5日にオープンして以来、早いもので9年の歳月が流れました。
 ここまで続けてこられたのは、皆様の励ましがあったればこそと、感謝の気持ちで一杯です。
 これからも持てる情熱のすべてを、このホームページに注いでまいりますので、どうかよろしくお付き合い下さい。

 ちなみに、オープンした頃のTOPページはこんな感じでした。
「若いなあ」
って感じですね。(^^;)

 

4月3日(

その2
♪♪♪続・東京スカイツリー♪♪♪

 今日は午後からバンド関係の集まりがあり、浅草へ。
 浅草からの帰り道には、東京スカイツリーがある押上を通るので、間近で眺めて来ました。
 あいにくの曇り空でしたが、近くに住んではいても、その真下に行く事はめったにないので、とりあえずシャッターを押して来ました。
▲至近距離から見上げるスカイツリーは、そびえ立つというよりは「のし掛かって来る」という感じで、迫力満点でした。
▲地上に近い部分にはツリーの高さ表示が。工事の進行とともに、この数字が徐々に大きくなって行った訳ですが、もうこの数字より大きくなることはありません。

 
押上からさらにレッテレ宅に近づくと、川面にツリーの全景が映る「逆さツリー」を見られるポイント、十間橋があります。
 ちなみにこの川は十間川といいます。
▲他にも逆さツリーが見られる場所はありますが、川のど真ん中にきれいに映るポイントは、この橋の上だけです。

4月3日(

その1
♪♪♪続・部屋の整理をしていると♪♪♪

 
先日の「お宝発掘」の話の続きです。
 すでにお伝えした1984年の画像の他に、こんなのも出てきました。
 熱心なベンチャーズ・ファンの方々には、どちらもおなじみのショットですね。
 1978年、ファン・クラブから会員に配布されたものだそうですが、当時レッテレはベンチャーズ・ファンとしてはOFFの時期を過ごしておりましたので、これは後々知り合いの方から譲っていただいた物です。
 印刷物ではなく、生写真なので、その点では大変貴重な資料といえます。
 もしこの2点の他にも多数のショットが存在するのならば、ぜひ見てみたいものですね。
▲1978年。
 ステージの狭さ、機材の簡素さからして、どこかの映画館か小さめの公会堂を借り切っての、ツアー前のリハーサルでしょうか。
▲同じく1978年、ジョー・バリル。
 このツインバス&エイト・ブラザースのドラム・セットは、アマチュア・コピー・バンドの憧れの的でした。
4月2日( ♪♪♪東京スカイツリー♪♪♪

 
先月高さが電波塔としては世界一の634メートルに達した東京スカイツリーですが、レッテレ宅から地図上では約4kmと、大変近い距離にあります。
 自宅のベランダからも見えますし、ちょっと歩けば下の写真のように、ほぼ全景を眺めることもできます。
4月1日のさわやかな朝、自宅近くの橋の上から撮影しました。

「スカイ」とつけば、'70年代ベンチャーズ・ファンの僕たちは「スカイラブ」を思い浮かべますよね。
 時が時ならベンチャーズも「スカイツリー」なんてオリジナル曲をレコーディングしてくれたかもしれません。

3月27日( ♪♪♪部屋の整理をしていると♪♪♪

 
11日の大地震の時、棚に積み上げていた物がいくつか落下し、とりあえず応急にダンボールに収めていた物を整理していましたら、古い手紙やはがき類に混じって、こんな写真が発掘されました。

      

 ノーキーのファッション、使用ギター等から判断して、おそらく1984年の来日ステージの1コマと思われますが、レッテレ自身が撮影したものではなく、さりとてどなたから譲り受けたものか、まったく記憶にありません。
 他に、こんな写真もありました。

 

 これも、メルやドンのヘア・スタイル等から判断して、上のノーキーの写真と同じステージでのショットと思われます。
 1984年の公演だとすれば、ベーシストとして来日したジェリーの姿がないのがちょっと淋しいですが、この2枚が発掘されただけでもよしとしなければならないでしょう。

 このホームページをオープンして以来、かなり綿密に家捜しをして、押入れの奥などに貴重な資料が眠っていないかどうか確かめつくしたはずでしたが、まだまだ調査のしかたが甘かったようです。
 今後も機会があれば、家の中の「ベンチャーズ遺産」の発掘を試みてみようと思います。

3月25日( ♪♪♪ギターの傷の話♪♪♪

 話は1ヶ月以上前にさかのぼります。
 2月13日の日記に「ライヴ無事終了」と書きましたが、実は大事件が勃発していました。
 出来上がって1ヶ月ちょっとしか経っていない、ピカピカの赤いテレキャスターが、予想もしない受難に遭ったのです。

 ステージ終了後、赤いテレキャスターをステージ横のバンドの控えの場所に立てかけておいたのですが、大酔っ払いのおじさんがフラフラと迷い込み、倒されてしまいました。
 その時レッテレはのんきに客席でほろ酔い加減になっておりましたが、それを目撃した別のお客さんの報告で、あわてて飛んで行きました。
 しかし、時すでに遅く、下の写真のような、実に痛々しい傷がついておりました。(;_;)
 その酔っ払いのお客さんが、別の出演バンドのメンバーの知り合いであった事と、RWFの演奏をたいそう誉めてくれていた事などから、ことさらに咎めだてはしませんでしたが、レッテレの顔面は蒼白、酔いも一気に醒めました。

 意気消沈のまま一夜が明け、翌日赤いテレキャスターをフレット調整に出すため、グラウンワイドに持って行きました。
「マスター、まいっちゃったよ。」
と、前夜の出来事を話しながら、傷ついた赤いテレキャスターをマスターに見せました。
 普通、こういう場合、
「ああー、これは大変ですね!」
とか、
「それは災難でしたね。」
とか、まあそんなたぐいのリアクションがあると思いますよね?

 ところがどっこい、さすがは渋いオールド・ギターを数多く扱っているグラウンワイドのマスターです。
 開口一番の言葉は、
「ああ、これは凄くいい傷がつきましたね!」
でした。
 マスターの持論は、
「ギターのボディーに傷はつき物。そんなものは、たとえ新品の段階でも気にしちゃいけない」
というものです。
 確かに赤いテレキャスターが出来上がって受け取りに行った時から、
「傷とかがつくのは気にしないで、ガンガン弾いて下さい」
と言ってました。
 さらに、
「中には新品の段階で、オールドみたいな傷をわざと加工する注文をする人もいるんだから」
と言って、実際に店に陳列されていた中から「傷だらけの新品」のギターを取り出してきて、見せてくれました。
 そのギターは新品であるにもかかわらず、ボディーの表はもちろんの事、裏側にもベルトの金具で擦れてついた傷が、実にリアルに施されていました。

 実はレッテレは、2月12日のライヴの際、ベルトの金具に布のカバーをかぶせ、赤いテレキャスターのボディーの裏に傷がつくのを防いでいたのですが、その事をマスターに話すと、
「だめですよ、そんな事しちゃ!」
と叱られてしまいました。(^^;)

 いやあ、ギターというのは、特に新品のうちは傷をつけないように、大事に大事に取り扱う物だとばかり思っていましたが、その固定概念が一気に崩されてしまいました。
 しかも、
「カッコいい傷がついてよかったですね!」
と祝福までされて、前夜の暗く沈んだ気持ちが一気に吹き飛んでしまいました。

 ちなみに、完全ラッカー塗装の場合、、何年か使い込むと、クラッキングといって自然にひび割れてきて、ますます「カッコよくなる」そうなんで。

 オールド・ギターには興味がなかったレッテレは、大きなカルチャー・ショックを受けたのでした。


3月20日( ♪♪♪本来ならライヴ当日♪♪♪

 朝、大地震以来不調が続く会社の機材をメンテナンスしに行き、無事解決。
 その足で、平日には行けなくなってしまったクレシェンドでモーニングを。
 マスターや奥様と何気ない日常会話をかわしただけでしたが、僕にとってはこれが心癒される至福の一時なのです。
▲ムードたっぷりなクレシェンドの窓際の席

 12時から自宅近くの神社の参道の商店街のイベントで、知っているベンチャーズ・コピー・バンドが出演するというので、偵察に。
 しかし、今回の地震の影響のため中止の模様。そのバンドのリード・ギタリストには以前から注目していて、この日のプレイもおおいに楽しみにしていただけに、残念。

 本来なら今日の夜は馬橋のビーグルで、サーフサイド・レインボーのライヴだったので、それなりに練習も気合を入れてやっていました。
 ライヴは中止となりましたが、何もしないのはもったいないという事で、夕方からスタジオを取り、なっつと「マイナス2カラオケ」をバックにセッションする事にしました。
 この日のオープニングに予定していた「アイム・ア・マン」をはじめとして、お気に入りのナンバーを2時間、ゴキゲンに弾きまくりました。
▲アイム・ア・マンのドラム・ソロでワウワウを踏んでいるところです。
▲マルチ・プレーヤーを目指すなっつは、ドラムにも挑戦。
3月18日( ♪♪♪大地震から一週間♪♪♪

 東京都内でも、いまだに一日に数回の揺れを感じ、そのたびに身構えている毎日ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 一昨日、クレシェンドのマスターからメールがあり、
「地震の影響で当分は営業時間を18時までにするのでよろしく」
との事。
 通常は21時まで開いている喫茶店なので、仕事の上がりが決して早くはないレッテレでも、時々は顔を出すことができたのですが、しばらくは平日に行くのは無理そうです。
 レッテレにとって「男の隠れ家」であり、日々の嫌な事や辛い事を忘れさせてくれるお店なので、ちょっとダメージ大きいです。

 そんな状況なので、いくらか早めに帰宅できた時は、赤いテレキャスターを2時間でも3時間でも弾いている今日この頃です。
 何十年もの間の夢が実現したギターですから、いくら弾いても飽きる事はありません。
3月15日( ♭♭♭ライヴ告知♭♭♭

 サーフ・サイド・レインボー来日中止!

 TOPページでもお知らせした通り、20日のライヴは中止という事になりました。
 主な理由は、計画停電にともなう鉄道等、交通機関のマヒにより、お客様及び出演メンバーの移動の安全が確保できない事、演奏予定時刻の電源確保ができない事が上げられます。
 レッテレ自身も非常に楽しみにしていたライヴなので、残念ですが、この状況では仕方ありません。
 いずれ近いうちに、また機会を作り、必ずサーフサイド・レインボーのライヴを実現させたいと思っています。
3月12日( ♪♪♪ミニ・アンプ♪♪♪

 地震による影響で交通機関に著しい乱れや運休が続いているため、仕事が臨時休業となりました。
 行きつけの喫茶店「クレシェンド」でモーニングを頼み、マスターと昨日の地震についてひとしきり話した後、ピックを仕入れに錦糸町の島村楽器へ。

 ピックだけ買って帰ろうと思っていたのに、ふと目にとまったのがミニ・アンプのコーナー。
  住宅事情のため、自宅では大音量は出せないので、普段は生音か、あるいはマルチ・エフェクターに繋いでヘッドホンで聞きながら練習していますが、ワウワウを使ったフレーズなどは、やはりアンプから音を出さないと気分が出ない。
 そんな時は以前からミニ・アンプのお世話になっていましたが、今まで愛用していたのが最近壊れてしまっていたので、新しいのが欲しいと思っていたのです。
 多くのメーカーの色々なタイプが陳列されていましたが、その中で特に気に入ったのが、FENDER社製とORANGE社製のもの。
 最初は外観のカッコよさから、FENDERを買おうと思いましたが、輸入品なので、AC電源で使用するには変圧器が必要との事で断念。
「ミニ・アンプの中では断トツに音がいいし、変圧器も不要です。」
という店員さんの言葉を信じて、ORANGEを買って帰りました。

      

 家に帰り、早速赤いテレキャスターをつないで音を出してみると、なるほど、約12センチ四方の小ささとは思えない、クリアーな音が出てびっくり。
「実際のライヴで使うアンプも、こういう音が出てくれたらいいのにな」
と思えるクオリティーの高さでした。

  

 来週の「サーフ・サイド・レインボー」のライヴに向けて、ゴキゲンに3時間ほど赤いテレキャスターを弾きまくってしまいました。

3月11日( ♪♪♪東日本巨大地震♪♪♪

 国内観測史上最大規模と言われる東日本巨大地震。
 レッテレは勤務先の休憩時間に襲われましたが、まさにこれまで生きてきた中で、一番大きい揺れと恐怖をを体験しました。
 オフィス内はご覧の通り、棚や仕切り板が軒並み倒れ、機材の多くはデスクから床に落下、足の踏み場もない状態に陥りました。

  

 それでも夜半までには通常業務ができる状態まで復旧できたので、大きな被害を受けた東北地方の皆さんと比べたら、かすり傷のようなものです。
 被災地の方々には、心からお見舞い申し上げます。

 なお、地震発生後、多くの方からお見舞いのメールをいただきましたが、電話、メールともにまったく通じない状況だったため、ご心配をおかけしました。
 おかげさまでレッテレ自身はかすり傷ひとつ負っておりません。

3月10日( ♭♭♭ライヴ告知♭♭♭

 サーフ・サイド・レインボー緊急来日!

 TOPページでお知らせした通り、今月の20日の日曜日、ビーグルにてライヴをやります。
 メンバーは名古屋のサーフ・サイド・フォーからメル高塩(ドラムス)とマコチン(リズム・ギター)、RWFからなっつ(ベース)とレッテレ(リード・ギター)という布陣です。
 ボブ小山からの要請で実現したこのユニット、メル高塩もマコチンも、かねてからぜひ一緒にプレイしたかったプレイヤーなので、今から気合が入っています。
 特に、メル高塩の「アイム・ア・マン」は必見必聴です。

 春ももうすぐ、お彼岸の連休の夜を、ベンチャーズ・サウンドでお楽しみ下さい。



 サーフ・サイド・フォーといえば、3年前の夏、V-REXのリハーサルを名古屋でやった時、楽しくセッションしたのを懐かしく思い出します。

3月7日( ###更新/RWF1stライヴTOPページ修復###

 昨年暮れの鎌ヶ谷ライヴ映像をUPする際、作成中のTOPページを間違ってRWF1stライヴTOPページに上書きしてしまったままになっていたのを修復しました。
 
 当時横浜方面でリード・ギターの名手として名を馳せていたボブ佐藤の、
「レッテレさんと組むなら俺がベースやりますよ!」
という男気溢れる一言で結成が実現した、RWFの記念すべき最初のライヴ、今振り返ってもゴキゲンなライヴだったと思います。


  RWF 1st LIVE at Sound Spot BEAGLE

    

    
3月6日( ♪♪♪フレット調整♪♪♪

 先月のライヴ終了後、慌しい日々が続き、帰宅が深夜に及ぶ事もしばしばですが、元気に頑張っています。
 こういう状況でライヴの予定がないと、どうしてもギターに触らなくなりがちですが、どんなに帰りが遅くなっても、たとえ5分、10分でもギターを弾くようにしています。
 次にライヴをやる機会があったら、ぜひ弾きたい曲が何曲かあるので、指が鈍らないようにしなければなりません。
 それと、せっかく作った赤いテレキャスターなので、毎日少しでも触りたい、という気持ちがあります。

 このテレキャスター、若干フレットが高めに仕上がっていて、ちょっと存在感がありすぎたので、先月のライヴの後、再び調整入院させ、気持ちフレットやナットの溝を削ってもらいました。
 グラウンワイドでは、ギターの調整は普段フェンダーのカスタム・ショップのギターを専門に手がけている職人さんに発注しているそうですが、預けていた赤いテレキャスターは、それはもう、最高のコンディションになって戻って来ました。

 
2月19日( ###更新/ライヴ映像 5###

 週末、帰宅が遅くなり、昨夜は更新ができませんでした。
 今日は仕事帰りにクレシェンドで飲んだビールが効いてしまって、夕食後に一度沈没してしまいましたが、夜更けに復活したので、一気に残り4曲をUPしてしまいます。

 デイジー・ミーとレッテレのソロがいっぱい「朝日のあたる家」
 RWFのライヴではすっかり恒例となってしまった矢飛ばしバージョンの「アパッチ」
 とりあえずの最後の曲「パイプライン」
 なぜかその日初めて演るのに「もう一回やるキャラバン」

 どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい。(^^)w

 
  RWF ビーグル公演

 
2月17日( ###更新/ライヴ映像 4###

 今日は3曲更新です。
「ワイプアウト」「10番街の殺人」「さすらいのギター」
ですが、「絶対やらなあかん曲」として取り上げられる確立の高い割には、何回弾いても飽きのこない曲ばかりです。

     RWF ビーグル公演

2月16日( ###更新/ライヴ映像 3###

 本日の更新は「ハワイ・ファイヴ・オー」と「ダイアモンド・ヘッド」です。
「ハワイ・ファイヴ・オー」は、ベンチャーズのコンサートでは「TVドラマの主題歌」として紹介されますが、実は虹沢はこのドラマをほとんどまともに見た事がありません。
 ちなみにRWFベーシストのなっつは、この番組を中学生の頃、夜中の再々放送で見ていて、その主題曲がとても気に入っていたそうです。
 それが後々、ベンチャーズをプレイする下地になっていたのですね。

       

     RWF ビーグル公演

2月15日( ###更新/ライヴ映像 2###

 今日も2曲追加しました。
「涙のギター」と「秘密諜報員」です。
 秘密諜報員では、念願の「フェイズ・スイッチ」を使いました。
 この曲以外でノーキーがフェイズ・スイッチを使ったという確認が取れていないので、まさにこの曲を弾くためだけに付けられたスイッチといっても過言ではありません。
(^^;)

         

 それにしても、’70年代のノーキーを弾くには、やはり赤いテレキャスターでなければいけませんね。
 自分で映像を見て、つくづくそう思いました。
 音がどうの、弾き味がどうのは二の次です。とにかくボディーが赤い、それが大事なんです。
(^^ゞ

     RWF ビーグル公演

2月14日( ###更新/ライヴ映像 1###

 RWF8度目の来日公演の映像を連日頑張って処理作業しておりますが、まずはオープニングから2曲お届けいたします。
 カメラの設置位置に問題があったようで、かなりお客様のUPが目立ちますが、ご了承下さい。(^^;)

    RWF ビーグル公演
 
2月13日( ♪♪♪ライヴ無事終了♪♪♪

 昨夜はビーグルにて、RWFとしては通算8回目のライヴを行いました。
 メンバー全員なかなかのコンディションで、いい雰囲気のステージになったと思います。

 ただ、まだ赤いテレキャスターの音の調整が把握しきれておらず、ステージ途中までアンプのつまみを試行錯誤でいじりまくってしまいました。
 次回のライヴの機会には、もう少し赤いテレキャスターとアンプとの相性等を把握し、納得できる音作りができれば、と思っております。

 なお、多くの方々から「映像を楽しみにしている」というメールをいただいておりますが、今回は事情により借り物のビデオ・カメラで撮影したため、映像変換に大苦戦しております。
 必ず近日中にはUPさせていただきますので、しばらくお待ちいただければ幸いです。


1月30日( ♪♪♪赤いテレキャスター退院♪♪♪

 午後、調整に出していた赤いテレキャスターを迎えにグラウンワイドへ行きました。
「ばっちり調整できてますよ!」
と、マスターが威勢のいい声で迎えてくれました。
 お店の中でアンプの前の椅子に座り、一応試し弾きしてチェック。
 まさに「これぐらいの弦高だったらいいな」という、絶妙の調整ぶりに大満足。
 さすがは、プロのクラフトマンの技術はたいしたものだ、と舌を巻きました。

 その後、RWFベーシストのなっつと打ち合わせを兼ねて、カラオケボックスに行き、テレキャスターの感触をじっくりと確かめました。

「ロング・トレイン・ランニン」のイントロを弾いています。
あ、イントロしか弾けません。(^^;
 帰宅後、赤いテレキャスターの留守中に頑張ってくれた白いテレキャスターのボディーやネックを丁寧に拭いてやり、弦をゆるめてハード・ケースにしまいました。
 2月12日のライヴが終わったら、赤いテレキャスターを再び入院させて、今度はフレットを少し削って低くしてもらうので、白いテレキャスターにはまだまだ頑張ってもらわなくてはなりません。


1月23日( ♪♪♪赤いテレキャスター入院!♪♪♪

 と言っても、検査入院です。
「出来立ては材木の状態が安定しないので、納品後しばらくしたら、改めてネック調整をした方がいいですよ。」
と言われていて、事実弦高がちょっと高いなと感じていたので、午後にグラウンワイドに持って行きました。
 週末には退院の予定です。

 余談ですが、グラウンワイドに行った時、店内に20代の青年のお客さんもいたのですが、ちょっと話をしたら、今はCharのコピーをしているが、ギターを始めたきっかけはベンチャーズだったそうです。
「青春デンデケデケという映画を見て『パイプラインってかっこいいな』と思ってギターを始めたんですよ。」
と言ってました。
 何やら自分の事をほめられたみたいにうれしかった、というより、いい気分だったです。
「ベンチャーズは’60年代のライヴのあの音は、どんなファズを使って出していたんですか?」
と聞かれたので、
「あれは多分ナチュラル・ディストーションだと思うよ。」
と答えたら「へえ〜!」とびっくりしていました。

 その後、来月のライヴに向けてスタジオに入りました。フル・メンバーでのリハは本番一週間前にしか集まれないので、家が近いベースのなっつとともに「マイナス2カラオケ」を使って練習です。
 赤いテレキャスターを調整に出してしまったので、久々に白いテレキャスターを使いましたが、赤いテレキャスター完成後の冷たい仕打ちにもかかわらず、健気に結構いい音を出してくれて、ホロッとさせられました。
 赤いテレキャスターの状態が安定したら下取りに出してしまおうと思っていましたが、今日の健気さと5年間頑張ってくれた事への感謝の気持ちも込めて、これからも大事にして行こうと思い直しました。

 
 
  頑張った白テレに、拍手を送ってがねって下さい!(^^)w

1月19日( ♭♭♭ライヴ告知♭♭♭

     RWF 8度目の来日決定!
 

 TOPページでお知らせの通り、2月12日(土)に、千葉県馬橋のライヴ・ハウス「サウンド・スポット・ビーグル」にてライヴを行う事になりました。
 新しい赤いテレキャスターのデビュー・ライヴとなるこのステージ、どんなサウンドになるのか、僕自身も非常に楽しみです。
 前回の鎌ヶ谷では4人編成での演奏でしたが、今回はキーボードのデイジー・ミーも復帰し、久々のフルメンバーでお送りします。
 共演はエレキおやじさん率いる「サキちゃん&なベンチャーズ」、一年で一番寒い時期ではありますが、ホットなベンチャーズ・ナイトで寒気団を吹き飛ばしましょう。

1月16日( ###更新「秘密諜報員」##

 新しいテレキャスターをフェイズ・スイッチ・モードにして「秘密諜報員」のリード・ギターを再録音してみました。

    

 正直なところ、パッと聞きはそれほど変わり映えがしません。
 フェイズ・スイッチ自体があまり激しく音質を変えるものではない、地味なシステムであるのに加え、’75年のライヴ・レコードの音質がかなり強めにイコライジングされていて、あの音に似せるのはなかなか難しい、という一面もあります。

 しかしまあ、気は心ということで、とりあえず秘密諜報員をフェイズ・スイッチ・モードで弾いた、という心意気で許して下さい。

 それと、ベースのイントロや同様箇所が「EBEB」と弾かなければならないのに「ECEC」となっていたのが、ずっと以前から気になっていましたが、これを機会にようやく修正しました。(^^;)

 この曲のみならず、多くの方からあらゆる曲において、色々なご指摘を受けたり、あるいは虹沢自身がとっくに自分で気づいていながら、そのままほったらかしになっている物もあります。
 機会を作って、いずれすべて修正したいと考えていますが、なかなか余裕がありません。
 大目に見ていただければ幸いです。

 
 ’70年代ベンチャーズ・カラオケ

1月11日( ♪♪ご報告/赤いテレキャスターのサウンド 2 ♪♪

 さらに翌日の朝、暮れから「テレキャスターまだできないの?」と気にかけていただいていたクレシェンドのマスターに、赤いテレキャスターをお披露目してきました。

 
      
▲閑静な住宅街の中にあるクレシェンドの外観

 モーニング・セットを注文して一服した後、ケースから赤いテレキャスターを取り出すと、
「きれいなギターだねえ」
と笑顔で祝福してもらいました。

 他のお客さんが引けた隙にマスターは店の奥から、年代物の「ECHO」というメーカーのアンプを引っ張り出してきて、赤いテレキャスターの音を出させてくれました。
 程よく軽いナチュラル・ディストーションがかかり、ゴキゲンな音がしました。

 虹沢の後方にあるのが「ECHO」のアンプ。
 年代物なので、かなりの値打ちがあります。
 用意してくれたシールドは10mの極太カール・コードでした。
 ズッシリと重たかったです。
 10分ほど弾いたところで、世田谷からわざわざマスターの真空管コレクションを見に来たというオーディオ・マニアのお客さんが来店、赤いテレキャスターのサウンド・チェック・イン・クレシェンドはお開きになりました。(^^;)

 なお、これを機会にクレシェンドさんと相互リンクの契約を結んでいただきました。
 めでたし、めでたし。(^^)v

            
リンクの館

1月10日( ♪♪ご報告/赤いテレキャスターのサウンド 1 ♪♪

 

 昨日、東京は平井にあるスタジオ「OTOKITI」にて、赤いテレキャスターのサウンド・チェックを行いました。
 予定ではその様子をビデオ・カメラに収めてUPするはずでしたが、諸々の事情により、近日中のまたの機会に譲る事にしました。

 サウンド・チェックに使うアンプはROLANDのJC-120をチョイスしました。
 出音にクセがなく、ノーマルなクリーン・トーンから、エフェクター使用時の音まで、幅広くチェックできると判断したためです。

 結果はアルダー材特有の、温かみのある中音域が豊かなサウンドで、虹沢の好みに大変マッチしておりました。
 アッシュ材の白いテレキャスターの時より、トレブルのつまみを目盛り1〜2上げても、キンキンしません。
 ナチュラル・ディストーションのかかるタイプのアンプを使えば、おそらく’74〜75年あたりのノーキーの、ウォームで線の太い音が得られるのではないかと期待しています。
 次回のサウンド・チェックに機会には、メサ・ブギーとかピーヴィーのアンプがセットされた部屋を予約してみようと思っています。

 それと、フェイズ・スイッチも試してみました。
 ノーキー自身「間違いなく使った」と語っている「秘密諜報員」を弾いてみましたが、確かにあの鼻をつまんだような変わった音が出て感激しました。
 ただ、通常の状態より音量レベルが2割ほど落ちてしまうので、使用する際には何らかの対策が必要です。

 次回のサウンド・チェックにはぜひ、ビデオ・カメラを持ち込んで、音と映像でご報告できたら、と思っています。
 
1月9日( ♪♪♪山下敬二郎さん♪♪♪

「ダイアナ」のカバー等でおなじみの山下敬二郎さんが亡くなりました。
 虹沢は今から30年ほど前に、東京は自由が丘にあったナイト・クラブで山下さんのバックを務めさせていただいた事があります。
 実際に生で接すると、テレビやレコードでは見えない部分で、スターのオーラが放たれ、歌も声に艶があって大変魅力的だったのを覚えています。
 また一人、往年のスターがいなくなり、淋しい限りです。

          

 さて、年の暮れとお正月に阻まれ、延び延びになっていた新しい赤いテレキャスターのスタジオでのサウンドチェックですが、本日いよいよ決行します。
 帰りが遅くなりそうなので、ご報告は明日になると思いますが、アンプからどんな音が飛び出るのか、大変楽しみです。

 それと、2月12日(土)にライヴのオファーが来ていますが、RWFのメンバー全員のスケジュールの都合がつけば、お受けしようと思っています。
 正式決定したら、告知させていただきますので、しばらくお待ち下さい。

1月8日( ♪♪♪ベンちゃん's ア・ゴーゴー♪♪♪

 ベンチャーズ・ファンを長くやっていると、時々ファンとしてのブランクが訪れる事があります。
 決してベンチャーズを嫌いになったりする訳ではないのですが、ほとんど関心のない日常を送る時期が、何度かありました。
 前回のブランクは1980年代の後半から2000年代の初頭まで、とかなり長かったのですが、そのベンチャーズ冬眠状態から目を醒ましてくれたのが、世界一のベンチャーズ・データ・サイト「ベンちゃん's ア・ゴーゴー」でした。

 

 2001年の春、インターネットを始めたばかりの虹沢は、慣れない手つきでベンチャーズ関連のサイトを検索しまくってました。
 その中で一番目を引いたのがベンちゃんのサイトでした。
 とにかく情報量が凄い。
 しかも、ベンちゃん本人の主観、感想などは一切なしで、ひたすら事実だけを淡々と並べてあるのです。
 そこが気に入りました。
 人それぞれ「俺の中のベンチャーズ」があります。だから、ベンちゃん'sの資料に主観がない分、かえってそれをを見た人が、素直に自分の思い出と照らし合わせてタイム・スリップを楽しめるという訳です。

 ベンちゃんにはすぐにファン・レター・メールを送りましたが、なんとベンちゃんも僕のバンド「T.A.D.」を知っていて、歳が近くベンチャーズのファンになったのが'70年代という事もあって、あっという間に意気投合、それから10年来のお付き合いをさせてもらっています。

 今やベンチャーズ自身でさえ、自分たちの記録の確認をベンちゃんに問い合わせてくるといいますから、そのデータの信頼度は絶大です。
 虹沢も「赤いギターと白い雲」の執筆時には、ベンチャーズ来日ツアー・データを初めとして、あらゆる資料を参考にさせていただき、大変助かりました。
 まさにweb上の「ベンチャーズ大辞典」と言えましょう。
 このような素晴らしいサイトは、なるべく多くの人に閲覧してもらうべきだと考え、年明けからリンク・バナーをTOPページに移動しました。
 世界一の信頼度と情報量を誇る「ベンちゃん's ア・ゴーゴー」、まだご覧になった事のない方はぜひ、すでにご覧になった事のある方は改めて、その素晴らしさを堪能して下さい。
▲2004年3月27日「ベンチャーズ・イン・ジャパン」のジャケットでおなじみの、赤坂日枝神社にてベンチャーズごっこをして遊ぶベンちゃんと虹沢。
 この後、居酒屋と寿司屋とカラオケをはしごしてヘベレケになりました。(^^;)
1月5日( ♪♪♪行きつけの喫茶店♪♪♪

 昨年の夏から、行きつけの喫茶店ができました。
 行きつけと言っても、お店の閉店時間とこちらの終業時間がなかなかかみ合わず、月に数回しか顔を出せませんが、他に浮気していないので、辛うじて「行きつけ」と呼ばせてもらっても罰は当たらないと思います。

 お店の名は「クレシェンド」
 虹沢の地元亀戸にあります。
 このお店を知ったのは、今を遡る事6〜7年前。
 ネットでお友達になった「ベンちゃん」や「エレキおやじ」さんとやり取りしている中で、
「レッテレさんの地元亀戸に、ベンチャーズ好きのマスターがやっている喫茶店があるらしい」
なんて話題が出まして、
それでは、という事で早速エレキおやじ師匠と行ってみました。
 ベンチャーズ好き、というよりは世間一般には「オーディオのカリスマ」的な存在のマスターのお店は、店内に自作のスピーカーやら、真空管アンプがズラ〜っと陳列された、異次元空間の空気が漂う、マニアックかつアンティークな雰囲気の喫茶店でした。

 

 しかしながら、その時話した感じでは、マスターが今一つ'70年代ベンチャーズの話題に食いつきが悪かったので、その後1〜2回顔を出したきり、虹沢がそのお店を訪ねる事はありませんでした。

 時は過ぎて2010年、昨年の夏の初めの事です。
 仕事から帰ってパソコンのメールをチェックすると、
「お久しぶりです、クレシェンドです。」
というメールが。
 クレシェンドの事はもちろん覚えておりましたから、驚きつつもメールを読んでみますと、次のような内容でした。
「つい最近、あるライヴハウスに知り合いのバンドを見に行ったところ、共演のビートルズのコピー・バンドで出演していたヘンリー小島さんと同じテーブルになり、彼がレッテレさんのバンドのドラマーである事を知りました。それを機会に、改めてレッテレさんのHPでビデオ映像を見たら、実際の演奏も聴いてみたくなりました。」
 そして、折から決定していた7月のRWFのビーグルでのミニ・ライヴを見に来て下さったのです。

 それ以来、レッテレは仕事帰りにちょくちょくクレシェンドに寄るようになったのでした。
 カウンターに座り、極上の音で音楽を聴きながらビールを飲み、マスターと語らうひと時、まさに癒しの空間と言えましょう。
 通い始めた頃はベンチャーズの話題が中心でしたが、マスターとレッテレは年も近い事もあって、最近は’60〜’70年代のポップスをかけながら、当時の思い出話に花を咲かせる事が多くなりました。

 マスターはギター・プレイヤーでもあり、ベンチャーズ・コピー・バンドのリズム・ギタリストとして度々ステージにも立っているのですが、昨年の秋に2度ほど、お店の常連さんのドラマーやRWFのベーシストなっつを交えてスタジオ・セッションもしました。

   

「真空管アンプ」をこよなく愛するマスターの情熱がほとばしる「クレシェンド」のHPは、こちらです。↓

    

 のん兵衛の虹沢は通常ビールばっかり頼んでますが、本業のコーヒーが、これまた素晴らしい味で落としてくれるのです。

 
 
 クレシェンドのモーニング・セットです。
 シンプルながらも充実した、朝の胃袋が癒されるラインナップ。
 とにかくコーヒーがうまい♪

1月4日( ♪♪♪室内禁煙♪♪♪

 タバコがやめられません。
 3年前に胃カメラ検査をして慢性胃炎と診断された時、昨年秋にタバコが大幅値上げになった時など、やめようと思うきっかけはいくらでもありましたが、どうしてもやめられません。
 こうしてパソコンに向っている時でも平気で吸ってしまっていました。
 去年の今頃は、ギターも弾かずに「ベンチャーズ・ライター・シール」なんて作って遊んでいる始末でした。

   

 しかし、今回赤いテレキャスターが完成したのを機に「室内禁煙」を実施することにしました。
 テレキャスター・ノーキー・モデル’75の塗装があまりにも美しいので、このボディーやネックにヤニを付着させてはいけない、と思ったのです。
 今までどんなギターを購入しても、傷がついたり色がくすんだりには割と無頓着な方でしたが、さすがに今回のテレキャスターには半端でない思い入れがあるので、取り扱いには十分気を使い、より大事にしようという意識が芽生えました。
 もちろん弾き終わった時は、ハードケースにそっと優しく寝かせています。

 タバコといえば、このHPにまだ掲示板があった当時、
「ドン・ウィルソンは’70年代にはスパスパ喫煙していたのに、最近はタバコはやめたらしい」
なんて話題で盛り上がったのが懐かしいです。
 ドンさんって、レコーディング中のスタジオ内でも、平気で喫煙していたんですね。
 どんな施設や場所でも喫煙に対して厳しくなった今では、あり得ない光景だと思います。(^^;)

      1975年

      1977年

      1977年

 では、HPの更新ボタンを押したら、キッチンの換気扇の直下に移動し、一服してまいります。(^^ゞ
 
1月2日(  昨年までは、コンテンツのUPおよび、ライヴの告知がない限り、更新をしない方針で来ましたが、あまりに更新が少ないので、毎日覗きに来て下さる方々に申し訳ない。
 そこで、何もないよりはましだと思い、今年からはこのコーナーをblog風に活用し、時折日記を記載して行こうかな、と思います。


♪♪♪
弾き初め♪♪♪

 昨日の元日は実家へ行き、今回の赤いテレキャスター製作における資金面で、高校時代同様多大なる援助をしてくれた兄に報告をしてきました。
 兄の目から見ても、新しい赤いテレキャスターは素晴らしいギターに映ったらしく、盛んに「きれいなギターだなあ」と感心していました。
「このギターの凄い所はねえ、まずボディーやネックからして・・・」
などという虹沢のマニアックな説明にも、一通り耳を傾けてくれました。
 そして「ちょっと弾かしてもらっていいか?」と言うと、忘れかけたコードを思い出しながら、ひとしきり赤いテレキャスターの感触を確かめていました。
 その姿を見ながら虹沢は、
「思えばこの人にドレミファから教わって、自分のギター人生は始まったんだなあ」
と感慨にふけっていました。
 このギターのデビュー・ライヴには、ぜひとも兄を招待し、そのサウンドを披露したいと思っています。

 明けて今日2日は、まずは「箱根駅伝」で3連覇の期待がかかる母校東洋大学を、朝からテレビの前で応援した後、赤いテレキャスターで'70年代ベンチャーズ・カラオケ全曲をプレイし、2011年の「弾き初め」としました。

      
 
1月1日(    あけましておめでとうございます。
    
 旧年中は、何かと励ましのメールをいただいたり、ライヴにご来場いただいたり、色々とありがとうございました。
 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、2011年最初の更新は、昨年暮れに完成した赤いテレキャスターのデモ演奏をビデオに収めてUPする予定でしたが、ギターの納品日があまりにも年末の押し迫った時期でしたので、スタジオもお正月休みに入っており、その余裕がありませんでした。
 正月が明けたら、行きつけのスタジオ「SOUND STUDIO OTOKITI」にて、赤いテレキャスターの大音量でのサウンドをじっくりチェックしたいと思っています。

 今年は赤いテレキャスターで、RWFではまだライヴ未公開のナンバーをどんどんプレイしたり、それに付随して'70年代ベンチャーズ・カラオケのレパートリーも増やしていけたら、と考えております。