私のV入門

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0005 ゼロックス岡本さん 私のベンチャーズ入門 投稿者:ゼロックス岡本 投稿日:10月 3日(金)10時29分39秒

 私のベンチャーズ入門紹介します。
私とベンチャーズの出会いは確か5才の時「ダイヤモンドヘッド」を聞いてテケテケに魅せられた。そして7才でインジャパンを聞いた記憶がある。
 その後オールアバウト、そして67年8才の時コンサートに連れて行ってもらった。どんな音だったかはほとんど記憶にない。ただ、白の12弦モズライトが記憶にあるだけ。
 ノーキーが一時脱退し、72年ノーキー復帰私中学1年、ここから重症患者となる。81年まで毎年かかさず見に行くようになった。70年代は青春真っ只中そのせいで印象がきついのでしょうね。


72年コンサートの思い出 投稿者:ゼロックス岡本 投稿日:10月 3日(金)10時41分34秒

 この年中学1年生。ノーキー復帰であることを知ったのはコンサートに行く少し前だった。ジェリーでもいいつもりで叔父さんにチケットの手配を頼んだ。席は前から10番目中央だった。
 ベンチャーズの前に前座バンド登場。2組だった。「クルエルシー」を演奏していた。これしか覚えていない。いよいよいVの登場1曲目「アイムアマン」このときこの曲の題名を知らなかった。林美香が同行していたのを覚えている。
 唯一印象にあるのはノーキーのギターシールドトラブル。「さすらいのギター」を演奏中音が鳴らなくなった。メルが声援に応えてドラムソロ、トラブルがすぐ回避できずに演奏ストップ、B♭m手前のところから演奏再開。もちろん「キャラバン」でコンサート終了。
 このときの演奏はすごい迫力だった。  PAなしでメルのドラムがすごい迫力だった。そして3人のギターの音が分離して聞こえ、前座バンドとの違いをまざまざと見せつけてくれた。
 終了後で楽屋からの出待ち、ボブさんと握手することが出来た。ボブさんの目はきれいなブルーだった。この夜は興奮してなかなか眠れなかった。ここから再び重症患者となった。

0004 多摩のノーキー・キッズさん 日比谷最高ですね  投稿者:多摩のノーキー・キッズ   投稿日: 2月27日(木)18時15分15秒
 74年の日比谷かっこいいですね。
 私はここからすべてが始まったのですよ。小学校6年生の時親父といったんですよ。ちっちゃなカセット・レコーダーで隠し録音もしちゃったりしていい思い出ですね。そのテープ音悪かったんですけど、すりきれる位聞きましたね。今度実家帰った時探してみっかな・・・・
0003 帰って来ない男の子!さん V入門&バ−ニ−・ケッセル 投稿者:帰って来ない男の子!  投稿日: 6月22日(土)22時24分51秒

>V入門
 初めてベンチャ−ズを聴いたのは、私が4〜5歳の幼稚園時代でした。
 1971年頃発売のベスト盤に入っていた♪ダイアモンド・ヘッド♪が大好きでした。母親が好きでよく聴いていました。母親は昭和35〜40年頃、
 横須賀や厚木の米軍キャンプでバイトしており、このベスト盤の他に米兵から貰ったらしいベンチャ−ズのUS盤も何枚か持っていました。
 私の幼少の頃、母親はベンチャ−ズの他にプレスリ−やビ−トルズも私に聴かせたそうですが、何故か記憶にありません。ベンチャ−ズは、以降小学生〜高校生迄の、ジャズに移行するまで聴いていました。

 ギタ−は中学の頃(80年)、ベンチャ−ズを雛型に独学で覚えました。
 ノ−キ−がベ−スも弾く、という事でベ−スも平行して覚えました。
 当時、異性に対して普通は多感な頃ですが、私の中学時代はベンチャ−ズとギタ−に終始しました。
 しかし、ギタ−の方は♪キャラバン♪が難しくてどうしても弾けず、ジャズってすげ−なと思い、これがジャズに移行するキッカケとなりました。

>バ−ニ−・ケッセル

 高校時代、当時の数学の先生がギタリストで、数学の先生の家に遊びに行った時聴かせて頂いたのがケッセルの「イ−ジ−・ライク」というアルバムでした。数学の先生曰く、ベンチャ−ズの次に聴いたのがケッセルで、自分にとってとても尊敬するジャズ・ギタリストとの事でした。
 私はこのアルバムの「テンダリ−」という曲でイッペンにケッセル・ファンになり、ケッセルをコピ−してジャズ・ギタ−のコ−ド、ピッキングやアドリブの修行をしました(今も修行中ですが)。

>ジェリ−・マギ−
 大学で生意気にもジャズ・ギタ−を演っていた時代の後、90年代に入ってたまたま何かの番組でジェリ−・マギ−を聴いた時、「あっ」と思いました。すこしタメを効かせて、また強弱により色艶のあるピッキング、サム・ピックのスリ−フィンガ−奏法でエレキを全編通して弾く、自分にとってはとても新鮮でした。
 80年代中盤はあまりベンチャ−ズを聴かなかったのですが、ジェリ−・マギ−に魅了されて改めてベンチャ−ズを聴き始めました。90年代のライブのインタビュ−で、ジェ−が尊敬するギタリストの一人に「バ−ニ−・ケッセル」を挙げた事は、自分にとっては何故かとても嬉しく、感激しました。

>70年代ベンチャ−ズ

 2000年にパソコンを購入し、その後ベンちゃんのBBSを見ていたら「赤いテレキャスタ−」さんが熱く70年代ベンチャ−ズを語っていました。改めて当時のレコ−ドを聴けば、なんとパワフルで新鮮なサウンド!と感激してしまいました。
 ジャズ・ギタ−を経由した自分にとって、70年代のノ−キ−は、私の知り得る限り60年代にはやらなかった事をやっていたのです。
 ♪ワイプ・アウト♪で見せるカントリ−・リックス炸裂、
♪イエスタディ♪ で見せるバップ・フレ−ズ、リ−シャのバッキングでさりげなく披露するジャズ・ギタ−のハ−モナイズ・テクニックとヴォイシング・・・。
 ノ−キ−の引き出しの多さに、ただただ唖然とし、21世紀の今日、再び70年代ベンチャ−ズの凄さと素晴らしさをリスナ−として、またアマチュア・ギタリストとして痛感致しました。

 私はカントリ−の方はやっていませんが、ベンチャ−ズは入門編であると同時に、ロックンロ−ル、カントリ−、ブル−ス、ジャズ、クラシカルな要素まで含めた、実にク−ルで躍動感のある唯一無二のユニットであると今も確信しています。
 また、個人的にはベンチャ−ズはジャズに近いと思っています。
0002 湘南@ひまわり!!さん 私は? 投稿者:湘南@ひまわり!!  投稿日: 6月22日(土)10時52分43秒

 次男坊に、かあちやんいつも偉そうなことばかり言って、ギターも満足に弾けない人間が、批判じみたことを言うなと、叱られて、よしじゃあ〜まずはギター入門で、次男坊から、手取り足取り教えてもらいました。
 ひゃ〜 肩は凝るし ネックに手が回らない(挟めない)
 一週間で挫折(プレイしている人の気持ちがよ〜く分りました)

 私にも意地があり、たまたま某サークルで飛び入り参加希望者募集私は、まだ触った事のないドラム、こうなったらドラムに”挑戦”しよう。
 よし決めた! 一番乗りで名を上げ新堀ギターで無料体験しました。

 いよいよ”ドラム”の前で、先生に手取り足取り教えて頂きました。
 家に帰って、椅子を2個用意して、1個は座る為、もう一個は枕を置いてひたすら練習をしました。もちろんスタジオにも行き(カセットテープ)片手に、1ヶ月で何とか、1〜2曲自分なりに出来るようになりました。
  
 いよいよ本番 私は、サーフ・ライダーに挑戦しました!
 終わった後の開放感? (特に緊張はしませんでした)
 ただ拍手などされると、プレッシャーにもなりそっちの方がいやでした。
 少し自信が付き”銀座タクト”で飛び入り参加をしちゃいました。
0001 元加賀さん 私は 投稿者:元加賀  投稿日: 6月21日(金)13時01分58秒

 ベンチャーズを知ったのは、“雨の御堂筋”の頃です。で、聴くようになるまでに後5〜6年の歳月を要します。
丁度70年代中頃ですね。
 でも入門はやはり60年代。
 しかも軽音の友達にダビングしてもらったカセット・テープ!

 メ、メンボクナイ! m(_ _)m


入門後 投稿者:元加賀  投稿日: 6月22日(土)08時56分40秒

 で、4〜5年かかって“60年代”をようやく聴き終わった頃には、リアルタイムのVは80年代に突入。『カメレオン』のようなアルバムを出してました。

 この時代、私自身もブラバンの世界で打倒駒沢を目標に、ガチンコ勝負をしていたものですから、(駒沢大学がV9時代の巨人のように強かった(上手かった))
次“70年代”という暇もありませんでした。(“80年代”はリアルタイムでポツポツ聴いてた)

 そうこうしているうちに、卒業、就職、結婚、出産(別に私が産んだわけではない)と続く中、このドサクサに紛れてVも来日しなくなっちゃったりして、80年代中盤はブランクの時代に突入します。
 そしてVファンとして復活するまでに、これより5〜6年の歳月を要します。

 “その時”は89年。初のVライブを観た時でありました。