赤いギターと白い雲
ベンチャーズとともに駆け抜けた青春

             7.始動の時(4)

 それから秀は、ベンチャーズの2枚組ライヴ盤を、オープン・リールのテープ・レコーダーで録音し、繰り返し同じ部分を聴き直して、弾きたい曲のコピーをしていった。
 まだまだコピー能力がおぼつかず、自己満足のいい加減なものであったが、少しずつレパートリーが増えていくのは楽しかった。

 「アパッチ」にイントロがあることを、秀は初めて知った。「ブルドッグ」と同じイントロの「イエロー・ジャケット」という曲があるのも、初めて知った。
 「ダイアモンド・ヘッド」や「パイプライン」などは、オレンジ色のジャケットのEP盤で聴いていたスタジオ・テイクに比べると、凄いスピードで、演奏も荒々しくて力強い。
 何もかもが新鮮であった。
 「ベンチャーズ・オン・ステージのすべて」には全24曲収録されており、ただ聴くだけでなく、一曲一曲を覚えてやろう、という姿勢があるので、このアルバム一組を毎日延々とかけていても、一向に飽きが来ない。

 それでも、同じ曲でもスタジオ盤のテイクはどういう感じなんだろう、と興味を持った秀は、次の月の小遣いを前借りし、「黄金シリーズ/これぞベンチャーズ第一集」という、金色のジャケットのLPを買った。

         

 これも前々から目星をつけていたもので、全14曲入りのベスト盤である。
「ダイアモンド・ヘッド」「パイプライン」「10番街の殺人」「キャラバン」など、これを聴いておけば間違いない、というナンバーで構成されている。
 必然的に「ドライヴィング・ギター」や「蜜の味」などは、スタジオ・テイクを後から聴いたことになり、ライヴ盤との演奏の違いの激しさが、非常におもしろかった。
 ジャケットにはセーターを着た笑顔の顔写真しかプリントされていないが、中の見開きにピンナップが挿入されており、それが’66年来日時のステージ写真で、アロハ・シャツに白いモズライトが、滅法カッコよかった。

 

 この頃、ようやく秀は、自分のギターが「モズライト」であることを知った。
 クラス・メートの三田村 孝史が教えてくれたのだ。三田村は、クラブ活動はハンド・ボール部に所属していたが、ロックに興味があり、エレキ・ギターもエルクのSGタイプを持っているという。ローリング・ストーンズやグランド・ファンク・レイルロードが好きで、ことさらベンチャーズに詳しい、という訳ではなかったが、エレキ・ギターに関する、色々な知識や情報を、豊富に持っていた。
「君のギターは、モズライトって言って、昔ベンチャーズが使っていたモデルなんだよ。」
「ええ? どうりで形が良く似ていると思った。」
 秀は、自分のギターのヘッドにペイントされていた「MOSRITE」のスペルを「モズライト」とは読めなかったのだ。「モーリス? モリダイラ?」 などと思っていたぐらいである。

 それにしても謎なのは、ベンチャーズが使用したほどのメーカーのギターが、中古でもないのに、なぜ2万円に満たない安価で売られていたのか、であった。
 すべては後に「ジャパン・モズライト」の存在を知ることで氷解するのだが、この時点では、「よくコピーされたニセモノ」であると思っていた。

             


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