赤いギターと白い雲
ベンチャーズとともに駆け抜けた青春

             6.始動の時(3)

 国鉄(現在のJR)柏駅の東口に出ると、駅前商店街があり、その一角に「イト−ヨーカ堂」が、当時の感覚では「そびえ立って」いた。
 「新星堂」という大手チェーンのレコード店が4階にあり、秀が柏に住むようになってから、ほとんどのレコードは、ここで調達していた。
 中学3年の時、なぜかベンチャーズのレコードは買わなかったが、大ヒットした欧陽菲菲の「雨の御堂筋」や、渚 ゆう子の4曲入りコンパクトLPなどは、この新星堂で手に入れている。

 ベンチャーズのLPを買うと決心したその翌日の放課後、秀は志垣と連れ立って、イト―ヨーカ堂へ足を運んだ。
 偶然にも、南 沙織の新曲の発表日であった。さすがに志垣は、そのあたりのチェックは抜かりがない。
 エスカレーターで4階に上がり、新星堂に入った秀は、わき目もふらずにベンチャーズのコーナーに直行した。
 この店は、ベンチャーズを割と大きく扱ってくれていて、まだまだ田舎だった柏のレコード店で、常時10枚以上のLPが陳列されていたのは、ここだけだった。
 
 秀が前から目をつけていたLPは「ベンチャーズ・オン・ステージのすべて」という、ライヴのオムニバス盤であった。
 このアルバムを選んだ理由としては、まず、曲をコピーするのに、ライヴ盤であればフェード・アウトがなく、エンディングがはっきりしているであろう、という事。そして、ギターのオーバー・ダビングがなく、リード・ギターのプレイが明確に聴けるであろうという点。
 次に、秀の知っている題名の曲がすべて収められている事。
 さらに、小学生の時テレビで見た「あのライヴの音」をもう一度聴きたかった事が挙げられる。
 ジャケットも裏表ともにカッコいいステージ写真で、申し分なかった。
 ちなみに、このレコードは少なくとも半年以上売れずに残っていたが、その間中ずっと「来日記念盤」の帯が掛けられていた。純粋なギター少年は、それを見ても「カッコいい」と思った。

  

 秀も志垣も、買うレコードは決まっていたので、なんとも短時間の買い物だった。志垣は南 沙織のポスターを貰ってご満悦だったが、ベンチャーズのLPには、オマケはつかなかった。秀は「おじさんばっかりのグループだから、ポスターなんて、ないんだな」と一人合点していた。

 秀と志垣は、雨の日以外は自転車通学だった。
 柏駅前から約6Kmの道のりを、志垣とともに競輪選手のごとく飛ばして家に帰った秀は、未だに現役のポータブル・プレーヤーのふたを開け、新星堂の紙袋から、真新しいビニール袋に入ったLPレコードを取り出した。
 ビニール袋さえも、大事に大事に取り扱いながら、ジャケットを取り出し、さらにそこから半透明の内袋に入ったレコード盤を取り出す。
 指紋一つついていない、黒光りしているレコード盤。この円形の筋がいっぱい刻まれた板の中に、あのベンチャーズのエキサイティングな演奏が、たっぷりと詰まっているのだ。
 盤面に指紋をつけないように、そうっと、そうっと、半透明の内袋から抜き出す。
 シングル盤の大きさしかない、なさけないターン・テーブルに、2枚組みのA面を上にして、そっと乗せる。
 針を変な位置に落として、傷をつけないように、手に汗をかくほど緊張して、なんとかレコードの外側の無録音部分に、針を落とす、というよりは、そうっと置いた。

 アナログ・レコード特有の軽いノイズの後に、凄い歓声が聞こえてきた。
 そして、次の瞬間、小学生の時テレビで見た時と同じイメージ、同じ迫力の、ドラム・ソロが、プレーヤー内臓のスピーカーから炸裂した。
 「ベンチャーズ・メドレー」の「ウォ―ク・ドント・ラン」のイントロである。
 その後に続く、エレキ・ギターやベースの音も、秀がイメージしていた通りの、迫力満点のものであった。
 ここで、秀の「エレキにかける青春」が、また一歩前進したのであった。


             


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