赤いギターと白い雲
ベンチャーズとともに駆け抜けた青春

             4. 始動の時(1)

 「ついに俺は、エレキ・ギターを買ったんだ!」
という興奮を押さえきれぬまま、喜び勇んで帰宅した秀は、さっそくケースからギターを取り出した。
 値段が安かったとはいえ、新品だ。黒いボディーがつややかに光り、白いピック・ガードに銀色のコントローラーが鮮やかだ。
 そして、独特のシェイプを描いたトレモロ・アーム・ユニットが、さらにこのギターの風貌に重みを加えていた。
 このギターこそ、「ジャパン・モズライト」であったのだが、秀がそれを認識するのは、もっと先の事であった。

 秀はチューニングもそこそこに、左手でネックを握り、右手で弦をはじいてみた。アンプまではとても手が出なかったので、生音である。つい昨日まで弾いていたクラシック・ギターとは比べ物にならないような、陳腐な音だ。
 だが、秀はうれしかった。「エレキ・ギターを弾いている自分」が信じられなかった。
 ストラップで肩からつるし、その姿を鏡に映してみる。なかなか悪くない。秀は、ベンチャーズのノーキー・エドワーズの「苦笑い」のような顔を真似してみたりした。

 何度かチューニングを重ねた後、少し前に流行った南 沙織の「純潔」のイントロを弾いてみた。
 アンプなしの生音でも、陳腐ながら「エレキである何か」が感じられて、秀の心に血が騒いだ。
 立て続けに、知っている限りの曲、フレーズを夢中になって弾いていた。

 夜になって、大学から帰って来た兄は、秀の部屋を覗くなり「おっ!」と言う顔をして、「俺にも弾かせろ」と言った。
 小さい時から、秀に絶大な影響を与え続けてきた兄がエレキを弾く姿も、またいい感じだった。兄もしばし時を忘れて「五つの赤い風船」や「荒木一郎」などを弾き語りして、エレキ・ギターの感触を楽しんでいたようだった。

 さて、それから何日かは、生音で我慢していた秀だが、どうにも物足りなくなってきた。
 アンプを通さないエレキ・ギターの、気の抜けた三味線のような音に、飽き飽きしてきたが、親に向かってアンプも買ってくれ、とはとても言えない。
 アルバイトをして小遣いを稼ぐ、という選択肢も、この時点ではまだ秀にはなかった。

 そんなある日、高校から帰宅して、エレキを生音でペンペン弾いていると、近所に住む同級生の志垣 恒一が、何やら大きな木箱を抱えてたずねてきた。
 志垣は、中学からの同級生で、秀より一年早い転校組である。同じクラスになった事はないが、家が近いこともあり、普段から仲はよかった。
 志垣は、音楽は聴いて楽しむ方で、自ら楽器を演奏したりはしなかった。そのかわり、オーディオや機械に強く、ラジオなども自分で組み立ててしまうタイプだ。南 沙織の熱烈なファンで、彼女のレコードは、シングル盤もLPもすべて持っていた。

 その志垣が「よっこらしょ」と秀の部屋の床に置いた、幅40センチ、奥行き60センチ、高さ30センチほどの木箱。
 それは、なんと志垣自作の「ギター・アンプ」だったのだった。

              

TOP-PAGE