赤いギターと白い雲
ベンチャーズとともに駆け抜けた青春

        2.サウンド・オブ・サイレンス(2)

 秀は無性に「エレキ・ギター」を弾きたい、と思った。
 小学生の頃は、クラシック・ギターにスチール弦を張った「代用品」で満足していたが、本物のエレキ・ギターとアンプをシールドでつないで、自分でも「あの音」を出してみたかった。
 そこで、母親に談判してみた。もはや、エレキ・ギターを弾くことが「不良」と呼ばれる時代ではなかった。高校受験も、秀なりにがんばった。
 そのあたりを母親も認めてくれたのであろう。2万円以内で買えるなら、という条件で、エレキ・ギターを買ってもいいという事になった。

 その頃、クラスの中で割と仲良くしていた松谷 清が、フォーク・ギターを買いたいというので、次の日曜日に一緒にお茶の水へ出かけることになった。
 松谷は、テニス部に所属するスポーツマンであったが、音楽鑑賞が趣味で、自分でもギターを弾いてみたくなったのだという。
 秀はベンチャーズのレコードを松谷に貸したことがあるが、
「ポール・モーリアより録音にステレオ感があって、おもしろかった」
 というコメントを聞いて、それ以来松谷とベンチャーズの話をするのはやめた。

 6月の、むし暑い、よく晴れた日曜日であった。
 午前10時に柏駅で待ち合わせ、常磐線の快速に乗って、東京へ向かう。
 日暮里で乗り換え、山手線、京浜東北線の秋葉原経由で、やがてお茶の水に着いた。新宿方面に向かって進行方向一番前の階段を上がる。
 改札を出て左の方へ歩けば、駿河台の長い坂道が、神保町に向かって下っている。秀は兄が通っている明治大学の♪白雲なびく駿河台♪という校歌が頭に浮かんだ。思えば、あの兄の影響でギターに興味を持ったのだ、と。

 その当時から、駿河台の通りは有名楽器店の宝庫であった。「石橋楽器店」「谷口楽器店」「下倉楽器店」「黒沢楽器店」等の楽器店が、しのぎを削るように、軒を連ねている。

 秀も松谷も、具体的にどんなギターを買うかは、決めていなかった。実際に店頭で見て、予算に合う価格の物の中から選ぼうと思っていた。
 ちなみに、その時の秀は、エレキ・ギターに関する情報を、まったくと言っていいほど持ち合わせていなかった。
 「フェンダー」「ギブソン」さえ知らず、世界や日本のギタリスト達が、どんなギターを使っているのか、全然知らないでいた。
 従って「クリームのエリック・クラプトンが使っていたギブソンのSG」とか、「レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが使っているレスポール」などという概念もない。
 ただ、店頭で漠然と色々なギターを眺めていて、フェンダーのストラト・キャスターやテレキャスターのような、糸巻きが6個全部上部に並んだタイプよりも、ギブソンのレスポールやSGのように、上下に3個ずつ付いているタイプの方が、好ましく思えた。特にSGは、形がカッコいいと思った。

 しかし、石橋、谷口、下倉と、しらみつぶしに覗いていくうちに、秀は次第に不安を感じてきた。
 とにかくないのだ。
 どんな形でもいいから、と譲歩したとしても、秀の持ち合わせである2万円以下のエレキ・ギターが、存在しないのである。
 4軒、5軒と冷やかしではしごしているうちに、とうとう駿河台を下りきって、三省堂や書泉の見える、古本屋街の入り口まで来てしまった。
 


             

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