赤いギターと白い雲
ベンチャーズとともに駆け抜けた青春

       2.卵からかえったヒヨコ(2)

 兄がベンチャーズのレコードを買ってきてから、数日後のこと、その兄が今度は「ギターを買う」と言い出した。
 当時、エレキ・ギターは、まだまだ高価な物で、秀の兄もさすがに手が出なかった。
 そこで買ってきたのが、メーカーも定かでない、安物のクラシック・ギターである。
 近所の商店街にあるレコード屋に、2〜3本飾ってあったうちの1本で、値段は2900円であった。

 兄は、とりあえず「エレキ・ギター」の雰囲気を出そうと、そのギターにスチール弦を張った。
 ピックは使い古しの、セルロイドの下敷きを、おむすび型に切って、それをコンクリートの床にこすりつけたりして、淵を滑らかに仕上げた。
 秀も見よう見真似で、何枚か作った。

 さて、問題は、ギターの弾き方である。兄のほうは、高校の同じクラスに、エレキのうまい友達がいて、時々教わったりして、すでに簡単なコードやメロディーを弾けるようになっていたが、それ以前に、まだ体の小さい秀には、クラシック・ギターのボディーは大きすぎた。
 そこで、しばらくの間は、すでに家にあったウクレレで、兄の横で、弾く真似事をして満足していた。
 そもそも、幼い頃から音楽というものに、まともに取り組んだことのない小学生にとって、ギターをまともに弾こうという気持ちが、まだまだ希薄だったのだ。

 秀がひたすら練習したのは、ベンチャーズのレコードを聴いていて一番印象的な部分「テケテケテケ・・・」であった。これだけは、兄にも負けない腕前で、友達が遊びに来た時など、そればかりを披露しては、友達の「お前、すげえな。天才じゃないか。」などという言葉を聞いて、悦に入っていた。
 ただし、ウクレレという楽器は、ギターと違って、一番上に張られている弦が、一番太いわけではないし、細いナイロン弦であったので、今から思えば、ずいぶん情けない「テケテケテケ・サウンド」であったに違いない。

 やがて、その年も本格的な夏になったある夜、兄がテレビの前に、テープレコーダーを置き、スピーカーの位置に録音マイクをセットしている。
 毎週楽しみに見ていた「勝ち抜きエレキ合戦」に、今日はあのベンチャーズが出演するという。
 ベンチャーズの「動く姿」が見られるのだ、と思うと、秀は胸の高鳴りを押さえることができなかった。

 やがて、放映時間になり、司会の鈴木やすしとジュディ・オングが登場。
 鈴木やすしが「今日は、素晴らしいゲストをお迎えしております。」などと言う。
 アシスタントのジュディが、堪能な英語で、本格的に紹介する。
「ダ・ヴェンチョワーズの皆さんです!」
 本格的な英語の発音に耳馴染みのない秀は、「え、ベンチャーズじゃないのかぁ・・・。」と、一瞬勝手にがっかりしたが、客席の拍手とともに登場したグループは、紛れもなく、あのオレンジ色のジャケットのレコードの写真と同じおじさん達であった。

 夢のような30分が過ぎ、ヒヨコの脳細胞には、「ザ・ベンチャーズがお前の親なのだ」という情報が、不揮発性ROMのデータのごとく、インプットされた。


             

TOP-PAGE