31.文化祭(2)

 夜が明けた。初秋らしい、さわやかな晴天であった。各クラブ員たちは、寝起きの目をしょぼつかせながら、それぞれの持ち場に散って行った。
 演劇部においては役者である秀は、演劇の準備にはかかわらずに、T.A.D.の準備に専念する事が許可されていた。
 裏方専門の砂田隆彦や葉山次郎も、重要な作業は前日までに済ませて、早々と舞台横の控え室に姿を見せていた。
 コンサート中の照明は、演劇部の後輩部員が担当してくれる事になっている。

 講堂でのプログラムの一番手であるT.A.D.は、前日からある程度の機材をステージにセットしておく事ができたので、本番前にあわただしい思いをする必要がなかった。
 講堂のステージには、すでにアンプとドラム・セットの大部分がセットされ、コンサートの雰囲気がかもしだされつつあった。
 ドラム・セットの大部分、と表現したのは、丈がツイン・バス・ドラムでプレイしようと、バス・ドラムをクラスの友人から借りる手はずになっていたのだが、その搬入が、本番直前にずれ込んでしまったからである。

 アンプ群の中では、次郎が他の高校の友人から借りてきた、パールの120Wのアンプが、やはりひときわ目立っていた。フェンダーのツイン・リバーブ・タイプであるが、普段は他のメンバー所有のアンプより一回り大きい、秀のエーストーン35Wのアンプが、さすがに小さく見えた。

 本番一時間前、ようやくバス・ドラムが届き、丈は安堵の表情を見せる。さっそくステージに運んで、すでにセット済みのバス・ドラムと対称形にセットし、椅子に座った。左右のペダルを踏んでみる。イメージ・トレーニングは十分に行なっていたので、ややぎこちなさを残しながらも、
「うん、これなら、本番でもなんとかなりそうだ。」
と、丈は笑みを浮かべてうなずいた。

 秀は、ステージ袖の控え室で、砂田を相手に必死でレパートリーのおさらいをしていた。
 砂田に少しでも曲を把握してもらうためと、自分自身の指慣らしのためでもある。
 ステージから戻った丈は、折りたたみ椅子をスティックで叩いて、腕慣らしをしている。時折左右の足で床を踏み、ツイン・バスのイメージを作っているようだ。
 浩二は控え室に出たり入ったりしながら、アンプの位置を整えたり、前日に急造したT.A.D.のフル・ネームが描かれた、ベニヤの大きな看板の角度を直したりしている。メンバーの中で、一番落ち着いているかのように見える浩二でさえも、やはり緊張の色は隠せなかった。
 途中、演劇部の裏方で作業していた次郎も顔を出し、アンプのチェックをした。

 本番15分前になった。緞帳の隙間から客席を覗くと、もう半分以上の席が埋まっている。朝一番のプログラムにしては、まあまあの出足だ。
 最前列には、浩二のクラスメートで、オーディオ・マニアの宮田和之君が、2本のマイクをステレオ・カセット・デッキに接続して陣取っている。買ったばかりの「カセット・デンスケ」の性能を試してみたいので、ぜひ君たちの演奏を録音させて欲しい、と申し入れてきたのだが、もちろん秀たちは、二つ返事でOKした。
 その横には、エンジニア畑の志垣恒一が、眼鏡を光らせて補佐役に回っている。
 さらにその後ろには、ベンチャーズに多少興味があるという、軽音楽部の女性キーボーディスト、沖良久美子も、軽音の準備をちゃっかり抜け出して、気楽な表情を見せていた。

 さらに後ろの方に目を移すと、ほぼ中央の通路脇に、渋山ゆりの姿があった。
 数日前、電話で連絡を取りあったとき、ゆりは、
「ゆきえちゃんも誘ってみるわ。」
と言っていたが、果たして横に日野原ゆきえのなつかしい姿があり、ゆりと楽しそうに談笑している。
 秀は大急ぎで控え室を通って客席に降りると、二人の所へ挨拶に行った、
 ゆりとは度々会ったり、電話で話したり、手紙のやり取りもしているので、お互いに目を合わせて微笑むだけにして、久々に顔を合わせるゆきえの方に声をかけた。
「いやあ、久しぶり。遠いところをわざわざありがとう。」
「ほんとに久しぶりね。ゆりから虹沢君の文化祭に一緒に行って、って電話があった時には、びっくりしちゃったわ。私だって、ゆりと会うの、しばらくぶりなのよ。」
 ゆきえも、小学校、中学校時代と変わらぬ、色白のきれいな笑顔で答えた。
「コンサートの後、演劇もやらなくちゃならないんだけど、それが終るまで、いられるかな?」
 するとゆりが、
「今日はそのつもりで来たの。」
と答えた。
「それじゃあ、演劇が終ったら色々と案内するから、それまでゆっくりしていてね。」
 手を振って、ステージの方へ戻ろうとする秀に、ゆきえとゆりも手を振って、
「うん、コンサートがんばってね。」
「応援してるわ。」
と激励してくれた。

 控え室に戻ると、司会を頼んだ石浜恵美子が顔を出した。
「3曲目が終ったら、メンバーを紹介すればいいのね?」
と確認に来たのだ。
「よろしくね、恵美さん。」
 メンバー一同、最敬礼で挨拶した。

「虹沢先輩、照明の方は準備OKですよ。」
 演劇部の後輩部員が声をかけに来た。
「10時だ。行くか。」
 浩二が、低いが気合の入った声で言いながら、グレコのSGを手に取った。
 丈も両手に握っていたスティックを、二本右手で持って、立ち上がった。
 砂田はモズライト・タイプのベースのネックを左手で持ち、けだるそうにぶら下げた。
「よし。」
 秀も、赤いテレキャスターのストラップを肩にかけた。