30.文化祭(1)

 高校の文化祭は、9月15日の日曜日と、翌16日の振替休日の二日間にわたって開催される事になっていた。
 秀の出番は、T.A.D.も演劇部も初日で、それもプログラムの一番手と二番手であった。
 砂田隆彦と葉山次郎も演劇部で裏方をしているし、丈と浩二は初日も二日めも、午後から体育館でブラスバンドの演奏がある。
 メンバー全員、恐ろしく多忙なスケジュールであった。
 そんな中でも、メンバー全員で時間を作っては、ステージ後方に飾るT.A.D.のロゴの看板を、ベニヤ板にペンキを塗って作ったり、乗り捨てられていた自転車を分解して、借りたアンプを運ぶためのリヤカーを作ったりして、着々と準備を進めていった。

 当日前夜、演劇部は最後の調整と準備のため、部員の多くが校内に泊まった。他のクラブも泊まり組が多く、仮眠室として割り当てられた道場は、色々なクラブ員の出入りでごった返していた。
 ブラスバンド部は泊り込みではなかったが、丈と浩二もちゃっかり便乗して泊まる事にしていた。

 明日のプログラムは、秀の独断と偏見で、綿密に決められていた。曲順だけは、授業中も使って、飽きるほど練り直したが、問題は司会だった。
 秀も浩二も、そして場合によっては砂田も、しゃべろうと思えばしゃべることはできた。
 しかし秀は、本物のベンチャーズのように、できれば自分たちでしゃべりたくなかった。せっかく演奏中、気分を出してベンチャーズになりきっていても、しゃべった途端に、我に帰ってしまいそうな気がするからだ。
 男の知り合いでは、司会をやってくれそうな人間はいなかったので、秀は丈と浩二と相談し、思い切って、演劇部長の石浜恵美子に頼んでみる事にした。もともと恵美子は、2年生まで生徒会の役員をしており、人前でしゃべる事には慣れているし、うまい。

 各クラブとも、最後の準備を終え、そろそろ寝る支度を始めたころ、秀は恵美子を中庭に呼び出した。横には、恵美子ファンの丈もいる。
 浩二はいつの間にか、軽音楽部のキーボーディストである、沖良(おきら)久美子や、その他の気の合った女の子たちと、ちゃっかり学校を抜け出して、喫茶店へコーヒーを飲みに出かけていた。
 秀と丈は、すっかりあたりが暗くなった中で恵美子を目の前にして、ちょっとドキドキした。
「なあに、相談って?」
 二人に向かって、首をかしげる恵美子は、明るい所でも十分美しいのに、暗闇の中で余計に妖しく、そして艶めかしかった。
 秀がいくらかどもり加減で、交渉を始める。
「え、恵美さん、明日の俺たちのコンサートで司会をやってもらえませんか?」
 秀の言葉に、恵美子は苦笑いした。
「なあんだ、愛の告白でもされるのかと思ったら、そんな事だったのね。」
 冗談とわかっていても、秀は顔が赤くなるのが、自分でもわかったが、暗闇なのを幸運に思った。
「お願いしますよ、恵美さん。恵美さんにやってもらえれば、ステージの雰囲気もグッと盛り上がっちゃいますよ。なにしろ、恵美さん、美人だから。」
 丈も、お世辞とも本気ともつかない言葉で、交渉に加わる。
 恵美子は「そうねえ・・・。」としばらくうつむいて考えていたが、スッと顔を上げると、澄んだ目で秀と丈の顔をかわるがわる見て、
「わかったわ。かわいい後輩のために、司会、引き受けてあげる。でも、その後の演劇部の準備もあるから、メンバー紹介だけで勘弁してちょうだいね。」
 秀も丈も、それ以上は無理を言えなかった。恵美子に司会をやってもらえるなら、メンバー紹介だけでも、十分甲斐がある。
「ありがとう、恵美さん。」
「文化祭が終ったら、コーヒーとケーキぐらいは、ごちそうするよ。」
 コンサート全体の司会進行は、しゃべりの得意な浩二がなんとかするだろう。

 その後、喫茶店から戻った浩二を交え、最終的な打ち合わせを行なった。ひとしきり話し合うと、もう夜中の1時を回っていたので、そろそろ寝ようという事になった。
 恵美子や、関谷真由美ら、女子部員も交えた雑魚寝だったので、ちょっと神経が高ぶって寝つきが悪かった秀だが、明日演奏するレパートリーのイメージを、頭の中で反芻しているうちに、眠りにおちいっていった。