29.続・赤いテレキャスター(2)

 店に入り、控え証を渡すと、店主が奥の棚から秀のギターの入ったハード・ケースを取り出して来た。
 カウンターの上にケースをていねいに寝かせると、店主はフックを二つ外して、ゆっくりとフタを開ける。
「おお・・・・・。」
「虹、やったね。」
 感動であった。国産の安いコピー・モデルではあるが、どんな楽器店にも置いていないし、どんなカタログにも載っていない「赤いテレキャスター」が、ハード・ケースの中でまぶしく輝いていた。
 「オン・ステージ’72」の解説書の写真とは、若干イメージが違ってはいたが、まさに鮮血のような、見事な色合いである。とても、グレコの一番安いコピー・モデルには見えない。
「どうです、いい色でしょう。」
 店主も目を細めて、秀と丈の反応を見て笑っている。
「完璧です。お願いした甲斐がありました。」
 秀の言葉に店主も満足そうにうなずき、
「ありがとうございました。どうか、大事に使ってください。」
と、二人を店の外まで送り出してくれた。

 その日も夜遅くまで演劇部の練習をしてから帰宅した秀は、自分の部屋で改めてハード・ケースからテレキャスターを取り出し、じっくりと眺めた。
 ボディーの色一つで、ギターというものが、こんなにも雰囲気が変わってしまうとは、ちょっと不思議である。
 秀の激しい思い入れのせいもあり、この「赤いテレキャスター」を使いさえすれば、ノーキーと同じサウンドが出せるのではないか、という気がした。
 とにかく、弾かずとも、ただ眺めているだけでも飽きないくらいだった。

 ストラップを装着し、肩からテレキャスターを下げた自分の姿を鏡に映してみる。
 自然に、左足がやや外向きに前に出て、後ろ足の右足に体重がかかる、ノーキー独自のホームになっている。ノーキーにあこがれ、ノーキーのフレーズをコピーする人は皆、自然にこのフォームになるはずなのだ。
 鏡の中で、テレキャスターの鮮やかな赤いボディーが、まぶしく輝いていた。このギターを抱えて、明後日にはステージに立つのかと思うと、秀をなんともいえぬ興奮が襲った。

 そんな事をして一人悦に入っていると、帰宅した6歳年上の兄が顔を見せた。
「よう。それか、新しいギターは。」
「これだよ、これ。これが欲しかったんだ。」
 秀は、ギターの色を塗り替えるのに、本体と同じだけ費用がかかった、などとはとても言えなかったので、兄の前では、定価5万6千円のギターを買った事にしてあった。
「ふうん、なかなか綺麗なギターじゃないか。ちょっと貸してみろ。」
 兄は秀からギターを受け取ると、ひとしきりフォーク・ソングやエレキ・インストのさわりを弾いて、感触を確かめていた。
「そうだ、お兄ちゃん、5,000円余ったから、返すよ。」
 秀が財布からお金を取り出そうとすると、兄はピックを持った右手を横に振り、
「一度もらった物を返す事はないだろう。余った分で、お前の好きなレコードでも買え。」
と、太っ腹な所を見せた。
 社会人になってから、前にも増して、どんどん大人になってゆく兄が、またひときわ頼もしく見えて来るのだった。