22.赤いテレキャスター(7)

 チャキ楽器は、老舗の専門店らしく、風格と威圧感を備えた、静かなたたずまいの店だった。
 秀のようなハナタレ小僧は、店に一歩入っただけで、その雰囲気に圧倒された。
「いらっしゃいませ。」
 50歳前後であろう店主か店員か分らぬ人が、応対に出た。
「あの、石橋楽器から紹介されて来た、虹沢といいますけど。」
 おどおどした声で話す秀に、店員はきわめて事務的に、しかしてきぱきと手続きを始めた。
「えー、このギターのボディーのリフィニッシュですね。リフィニッシュというのは、一度元の塗装を剥がして、また塗り直す、という作業をします。ですから、だいたい一月ほど期間をいただきますが、よろしいですか?」
 出来上がりまで1ヶ月と聞いて、秀はちょっと迷った。一ヵ月後の9月半ばには、高校の文化祭を控えている。秀は丈や浩二、砂田とともに、講堂で単独コンサートを開こうと思っていたのだ。このコンサートで、ぜひとも念願のテレキャスターを使いたい。その日に間に合うのかどうか・・・。

「あのう、9月15日にコンサートの本番なんですよ。なんとかそれまでにお願いできませんか。」
 秀の泣きそうな顔を見ても、店員はきわめて冷静な態度を崩さず、
「ちょっと待ってください。だいだい一月はありますね・・・。」
と、店の注文票のようなファイルをペラペラとめくりながら、スケジュールの確認をした。
「そうですね、9月の13日には、お渡しできると思います。」
 13日か。本番2日前だ。2日間で、新品のギターに慣れなくてはならない、というのは少々厳しい状況とも言えるが、何をさておいても「赤いボディー」が最優先であった。
「わかりました。お願いします。」
 
 そして、塗り替える色の打ち合わせに入る。
 本来、こういう時は、写真なり、紙切れなり、布切れなり、自分の希望する色のサンプルを持参していくものなのだが、朝家を出るときには、こんな状況は予想もしていなかったので、何も用意していない。
 ダメでもともとの気持ちで秀は、「ベンチャーズのノーキー・エドワーズのテレキャスターのような、赤い色でお願いします。」
と言ってみたが、案の定店員は首をかしげると、
「もう少し具体的に言ってもらわないとわかりません。」
と言う。
 この人がノーキーのテレキャスターの色を知っていれば、これ以上具体的な説明はないはずなのだが、仕方がない。秀は貧困なボキャブラリーで、「オン・ステージ'72」の解説書の写真を思い浮かべながら、あれこれと説明した。店員も色見本を参照しながら、秀の求める色に一番近いものを模索した。
 そして最終的に、店員曰く「血のような鮮やかな赤」ということで、話は決まった。

 秀は先ほど石橋楽器に支払ったのと同じ金額を、チャキ楽器の店員に手渡した。
「赤いテレキャスターへの切符」である控え証を手にして、丈と外へ出た秀は、なんとも複雑な溜息をついた。
「あーあ・・・・・。2万8千円か。高いなあ。」
 丈もちょっとうなずきかけたが、思い直したように言った。
「虹、お前のギターは、定価5万6千円なんだよ。最初から5万6千円する、特注のギターなんだよ。」
「特注のギターか・・・・・。」
「そうだよ。」
 何かとんでもない無駄使いをしてしまったような気になって、落ち込みかけていた秀であったが、丈の言葉に救われたのであった。