21.赤いテレキャスター(6)

「あのう、そのリフィニッシュって費用はどれぐらいかかるんでしょうか。」
恐る恐る秀は聞いた。
「費用ですか、今、専門店の方に問い合わせてみましょう。」

 責任者が専門店に電話で問い合わせている間に、若い方の店員が奥の倉庫から、グレコのテレキャスターTE−280の在庫を1本運んできた。
 当時は、レコードや家電製品と一緒で、ギターも国産の物は、店頭に飾ってある品ではなく、在庫の中からお客に手渡していたのだ。

 ダンボールから真新しいアイボリーのテレキャスターを取り出した若い店員は、秀に向かって差し出すようにして、
「どう、これ。ほら、ネックなんか、すごくきれいでしょう。うわー、こんなきれいなネック、見たことないよ。」
と、訳のわからないウンチクを垂れた。
 秀はテレキャスターを受け取ると、緊張しながら試奏し、そして、しげしげと眺めた。
「これだ、これがテレキャスターだ。」
 はっきり言って、それまで使っていたジャパン・モズライトに比べると、見た目もチャチな感じだし、ネックを握った感触もなんだか荒削りだ。
 ちなみに秀は何年か後、USAの本物のテレキャスターを手に入れるのだが、作りがさらにもっとゴツくて、びっくりする事になる。音はともかく、国産のギターの方が、仕上げが丁寧な事が多いものなのだ。

 しかし、昨年来からの「ノーキーのような、赤いテレキャスターを弾きたい」という念願が、あと一歩で叶おうとしているのだ。これから長い付き合いになろうという楽器に、ケチをつけてはいられない。
「これがテレキャスターなんだ。」
と思うしかなかった。

 やがて、責任者風の店員が戻って来た。
「えー、費用の方はですね、2万8千円だそうです。」
「え? 2万8千円・・・・・。」
 丈と顔を見合わせた秀は、言葉が続かなくなった。
 2万8千円といったら、Te−280本体の値段と同じではないか。
 高い。あまりにも高い。アイボリーのボディーを赤くする費用で、もう一本同じギターが買えてしまうのだ。
 さすがに秀は迷った。当時の物価や、親のスネをかじる高校生という秀の身分を考えれば、ギターの色を塗り替えるために2万8千円をかけるというのは、かなり勇気のいる金額だ。
 秀は、丈に向かって何度も、
「どうしようかなあ。もったいないかなあ。でも、やっぱり赤がいいしなあ・・・。」
と、独り言のように、優柔不断に問いかけては、溜息をついた。
 こんな時は、他人から「こうした方がいい」と言ってもらうのを待っているものだ。丈もその辺の呼吸を心得ている。
「虹、ここまできたら、赤にするしかないよ。やっぱり、赤いテレキャスターだよ。」
 その一言で、ようやく決心がついた。

 石橋楽器店でテレキャスターを受け取ると、そのハード・ケースを下げて、紹介された専門店へ向かった。専門店といっても、何の専門店なのか、秀は今ひとつ正確に把握していなかったが、主にバイオリンやチェロ、あるいはアコースティック・ギター等の、生楽器の製造、販売、修理等を手がけている店のようで「チャキ楽器」という、その筋ではかなり評価の高い、老舗ということだ。
 かなりの距離を丈とともに歩いた秀は、やがてその店の前に立っていた。
「赤いテレキャスターへの門」を目の前にして、秀は一瞬緊張を感じた。