19.赤いテレキャスター(4)

 化粧品の部品工場で汗を流して三週間弱、秀は8月の半ばにアルバイトを上がることにした。
 とりあえず、グレコのテレキャスター「TE−280」の定価分はクリアしたので、夏休みの残りの日々は、少しのんびり過ごそうと思ったのだ。

 最後の労働を終え、アルバイト終了の手続きをするために受付に行くと、いつものように新谷恵子さんが笑顔で迎えてくれた。
「アルバイト、今日で終わります。お世話になりました。」
「あら、そうなの。目標は達成できたのかしら?」
「はい、おかげさまで。」
「お疲れさま。勉強も頑張ってね。」
「はい、ありがとうございました。」
 最後に新谷さんのさわやかな笑顔を見ることができて、まさに「有終の美」を飾ったような気分で、秀は帰宅した。

 夕食後、秀は自室で寝そべりながら、グレコのエレキ・ギターのカタログをながめていた。
 レスポール・タイプ、SGタイプ、ストラトキャスター・タイプ等のモデルと並んで、テレキャスター・タイプのモデルの写真も、しっかり載っている。
 だが、他のモデルに比べて、テレキャスター・タイプは極端にバリエーションが少ない。
 レスポールやSGは、4万円台。6万円台の上級機種が存在するのに対し、テレキャスターは、2万8千円のモデルだけだ。
 しかも、ボディーの色はアイボリー一色だけで、秀の望む赤いカラーは、カタログを見る限りでは作られていなかった。
 それでも秀は、実際に楽器屋で話を聞くまでは「赤いテレキャスター」をあきらめないつもりでいた。
 もしかしたら、カタログには載っていない上級機種があるかもしれない。でなければ、特別注文で作ってもらえるシステムがあるかもしれない。
 しかし、そうなると、定価の2万8千円で収まるとは考えられない。やはり、ノーキーのような赤いテレキャスターを手にするのは、夢のまた夢なのか?

 矛盾した、希望と現実の間を行ったり来たりしていると、そこへ、今春大学を卒業し、4月から社会人となっていた6歳年上の兄が、帰宅して顔を見せた。
「よう、バイト終わりだってな。ちゃんと稼げたのかよ。」
「まあね。一番安いやつなら買えるだけは、稼いだよ。」
 自嘲的な秀の言葉に、兄は顔をしかめた。
「なに、一番安いやつだって? どうせ買うなら、ちょっとはましなのを買ったらどうなんだ。」
「いや、欲しい型でカタログに載ってるのは、一番値段が安いんだよ。楽器屋に行けば、もっと上等なのがあるかもしれないけど。」
 すると、兄は思わぬ言葉を口にした。
「よし、もしお前の稼ぎで足りなかったら、残りは俺が出してやる。先月ボーナスも出たしな。」
 兄の突然の申し出に、秀は驚いた。
「ええ、お兄ちゃん、いいの?」
「まあ、かわいい弟のためだ。たまにはいいじゃないか。とりあえず、これだけ置いとく。」
 兄はポケットから財布を取り出し、秀が3週間かかって、やっと稼いだ金額と、ほぼ同じだけの、一万円札3枚を、ポンと秀の目の前に置いて、さっさと部屋を出て行った。

 あっけにとられて、お礼も言う暇もなかった秀であったが、いつにも増して、兄がカッコよく見えた。