17.赤いテレキャスター(2)

 翌朝、化粧品容器工場に出勤すると、受付の新谷恵子さんが笑顔で話しかけてきた。
「おはよう、昨日のコンサート、どうだった?」
 秀は割と年上好みなところがあり、まして美形の新谷さんに親しげに話しかけられて、ちょっと顔が上気してしまった。
「はい、最高でした。」
「よかったわね。虹沢君は、うちでアルバイトして、ギターか何か買うのかしら?」
 きれいな人は、頭もいいらしい。秀は聞いて欲しい事を的確に問われ、思わず情熱的に答えてしまった。
「は、はい。テレキャスターを買うんです。」
 自分でギターでも弾いていない限り、20代前半であろうOLが「テレキャスター」などと言われてわかる訳がない。
 新谷さんは、ちょっと首をかしげて、困ったような表情を見せたが、すぐに、
「そう。じゃ、そのテレなんとかが買えるように、がんばってね。」
と、さりげなくフォローしてくれた。
 自らのとんちんかんに気づいた秀は「はい」と返事をすると、照れ隠しに頭をかきながら、自分の持ち場の部所へと向かった。

 7月が終わり、8月に入った。去年の夏と同じように、暑い日が続いた。
 プロ野球のセ・リーグでは、主力選手の高齢化による衰えから爆発力を欠いた巨人に、ライバルの阪神が肉薄して、デッド・ヒートを繰り広げていた。
 秀は毎日汗だくの作業にヘトヘトになりながらも、テレキャスターを手に入れたい一心で、工場に通いつづけた。
 朝の出勤時、夕方の退出時に、受付の新谷恵子さんと交わす一言、二言の挨拶も、秀にとってはかなりの励みになっていた。

 日曜日は工場も休みだったので、秀は丈や浩二と誘い合わせて、高校のブラスバンド部室に集まって、音を出した。
 声をかければ、葉山二郎も顔を出し、ジェリー・スタイルで何曲か弾いた。
 ジェリー・マギーは、実はサム・ピックを常用していたのだが、この時点では、四人の中でその事実に気づいた者は一人もいない。ジェリー・フリークを自認する葉山も、この時はフラット・ピックを使っていた。

 ある土曜日の夜、秀はアルバイトを終えてから、丈の家へ泊りがけで遊びに行った。
 柏の秀の家から、隣の流山市にある丈の家まで、自転車で30分ほどの距離があったが、丈と夜通し過ごすのだ、と思えば、ペダルを漕ぐのも苦にはならなかった。

 丈のお父さんの軽妙なジョークと、お母さんの心づくしの夕飯のもてなしを受けたあと、丈の部屋でしばらく過ごしていた二人は、夜遅くなってから、
「そうだ、ドンさんの所へ行ってみよう。」
という事になった。
 「ドンさん」とは、浩二のことである。ベンチャーズのドン・ウィルソンを敬愛して止まない浩二を、二人はいつしかそう呼ぶようになっていた。
 丈が電話を入れてみると、ちょうど家族は旅行ででかけていて、誰もいないので、ぜひ来いという。

 丈と浩二は同じ小学校、中学校の出身で、お互いの家も歩いて10分程度の距離にあった。
 秀と丈は、相変わらず同級生の女の子や、ベンチャーズの話をしながら、浩二の家へと向かった。