15.侵略者たちの分裂(4)

 その日もアルバイトはあったが、秀は午前中だけ働いて、早上がりにした。
 事務所に行き、受付の新谷恵子さんという女の人にハンコをもらう。
「あら、今日は早上がりでデートかしら?」
 年の頃は22〜3、なかなかの美形である新谷さんにからかわれて、秀はドギマギしてしまった。
「い、いや、そんなんじゃないです。コンサート見に行くんですよ。」
「まあ、コンサート? 誰を見に行くの。」
 秀は、今時こんなバンド名を口に出して、笑われないかと思いつつも、
「ベンチャーズです。」
と答えた。
 新谷さんは、ちょっとびっくりしたような顔をしたが、すぐ笑顔になって、
「あら、ベンチャーズなら、うちにもレコードあるわよ。楽しんでらっしゃいね。」
と言ってくれた。秀は、ちょっと得した気分で、心がはずんだ。

 待ち合わせ場所の柏駅改札に着いた時には、すでに丈と浩二は待っていた。国鉄常磐線の快速に乗り込み、上野方面へと向かう。
 三人でベンチャーズや高校の女の子の事などを話題に、ワイワイとしゃべっているうちに、日暮里に着き、京浜東北線に乗り換えた。
 コンサート会場の郵便貯金ホールはおろか、芝という所は、かなり幼い頃、両親に東京タワーに連れて行ってもらって以来、行ったことがない。
 どこの駅で降りて、そこからどう歩いていくかは、三人の中で一番土地勘のある浩二にゆだねられた。

 国鉄の浜松町で下車した三人は、浩二を先頭に、あっちだ、こっちだと道を探りながら、なんとか芝の郵便貯金ホールにたどり着いた。

         

 チケットには「午後6:00会場、6:30開演」と書いてある。まだ2時過ぎだ。楽屋口でベンチャーズの到着を待ち構えてサインをもらう、などという気のきいた考えもない三人の高校生は、ひたすら雑談で時を過ごした。
 途中、遅い昼食をとったが、初めて生のベンチャーズを見るという緊張感で、秀はほとんど食事が喉を通らなかった。
 再びホール前に戻った時、ビルの谷間の向こうに、真っ白な入道雲が、夏の太陽に照らされて、眩しく輝いているのが目に入った。この日の事は、きっと一生忘れないだろうと、秀は思った。

 やがて日が暮れかかり、会場時間となった。今時ベンチャーズを見に来る人なんているのかな、と勝手に心配していた秀であったが、チケットを手に行列を作っている、人また人の光景を見て、まだまだベンチャーズは人気があるのだな、と感心したのであった。

 入場後、1階席の入り口へと吸い込まれて行く人々を、ちょっぴりうらやましく思いながら、階段を昇って2階席へと向かう。
 ホール内に入ると、まだ緞帳の降りているステージに向かって、大きく視野が広がった。

       

 ほとんど人で埋め尽くされた1階席の光景は、コンサート初体験の秀には、かなり壮観であった。

 この日から4日間にわたる東京公演は、日本のロック・バンドとの共演という事になっていた。今日は、「キャロル」が出演するという。
 実は、秀はキャロルのストレートでシンプルなロックン・ロールが気に入っていて、シングル「ルイジアンナ」のレコードを買ったりしていたので、ちょっと得した気分であった。

 やがて、コンサート開演時間が近づいた事を告げるブザーが鳴り、場内のざわめきとともに、秀の期待と興奮も、最高潮に盛り上がっていった。