14.侵略者たちの分裂(3)

 それでも、’72年のコンサートを逃して、痛恨の思いをしている秀としては、念のために一応は、生のベンチャーズを見ておきたかった。
 もしかしたら、有名なインストの曲の2〜3曲ぐらいはやってくれるかもしれない。
 丈や浩二と慎重に話し合った結果、値段の安い2階のB席を買おう、という事になった。
 これなら、コンサートの内容が、たとえ期待に添うものでなくとも、いくらかダメージが少ない。

 7月の初旬、秀は丈や浩二と、有楽町のニッポン放送内にあるプレイガイドへ、ベンチャーズの東京公演の前売り券を買いに行った。
 葉山二郎も誘ってみたが、ジェリー・マギー・フリークとなった二郎は、ダイナミックスの方だけ見る、という事だった。
 この年からベンチャーズの招聘元は、東亜アトラクションからキョードー東京に替っていた。東亜アトラクションは、メルの新しいグループの方を呼ぶらしい。
 キョードー東京主催の東京公演は、芝の郵便貯金ホールという、比較的新しいホールで、7月25日から28日の4日間あって、迷った末、三人は初日の2階席を買った。
 チケットを見ると「歌手:スーザン・シュレイバー」と書いてあって、ああ、やっぱりベンチャーズはヴォーカル・グループになっちゃったんだ、と本気で思ったのであった。

 さて、2年生の1学期も大詰めを迎え、学期末試験が散々な成績だった秀は、2〜3の教科で追試を受けた。
 追試の会場の教室に行くと、そこには待ち構えていたように丈と浩二の姿があって、三人とも苦笑いであった。
 正規のクラブ活動の他に「ズーチャンベ」としての活動を、それ以上に熱心にやっているのだから、とても勉強などまともにできる訳がないのだ。
 ちなみに秀は、1年生の1学期に、美術でクラシック・ギターの絵を描いて、5段階評価の「5」をもらって以来、通知表の成績は、全教科に渡って常に「2〜3」ばかりであった。

 追試を息も絶え絶えに乗り切った秀は、念願のテレキャスターを買うために、夏休みのアルバイトを探した。
 この頃は、アルバイトの情報誌など発行されておらず、自分の目と耳と足で探すしかなかった。
 幸い家の近くの、化粧品の容器を作っている工場がアルバイトを募集していたので、即座に秀は申し込み、夏休みの初日から通う事にした。
 時給は郵便配達の時より若干低かったが、家から近いことを考えれば、あまりぜいたくは言っていられない。
 3週間ほど頑張れば、グレコのテレキャスター・モデルに手が届く計算であった。

 夏休みに入り、秀は朝から夕方まで、化粧品容器工場で汗を流した。
 仕事の内容は、主に口紅の容器の原型の、金属の筒を研磨したり、薬品の入った溶液に漬けたりといったものだったが、郵便配達などより、ずっときつかった。文字通り汗だくで毎日を過ごした。

 そして、7月25日がやってきた。
 何だかんだといっても、やはり楽しみであった、ベンチャーズのコンサートの当日である。