10.春が来て・・・(3)

 新学期が始まって一週間ほどして、問題が一つ持ち上がった。
 その日の放課後、秀は演劇部長の石浜恵美子に呼び出された。
「虹沢君、部室にあるギターやらアンプやら、どうにかならないかしら。」
 痛いところを突かれたと思った。実際、秀や砂田のギターとアンプの他に、部員ではない浩二のギターとアンプ、丈のドラム・セットの一部まで演劇部室に置いていて、かなりのスペースを取ってしまっている。
「はあ、いかんとは思ってはいたのですが・・・。」
 美形の恵美子にきつい目でにらまれて、秀はしどろもどろになった。
「顧問の丸谷先生にも言われているのよ。近いうちになんとかしてちょうだいね。」
 小学校の頃、担任の川原順子先生にしかられた時のように、秀は情けない顔になった。
「はい。でも、今すぐにと言われても・・・。」

 すると恵美子は、きつい眼差しと口元を一瞬ゆるませた。
「でもね、一つだけ、楽器をそのまま置いておく方法、あるのよ。」
 語尾上がりの口調が、何やらいたずらっぽくて、ますます秀は困惑した。
「虹沢君、あなた、裏方じゃなくて、演技する方に回ってみない?」
「え、演技ですか?」
 これはまた、えらい方向に事態が進展して行きそうな気配である。恵美子が怪しげな微笑で続けた。
「そうよ。今月末の、新入生歓迎の舞台で、どうしても男の役者が一人必要なのよ。私の目では、男子部員の中では虹沢君、あなたが一番役者に向いていると思うわ。」

 秀は困った。演技はしなくていいという条件だったから、演劇部に入ったのに、これでは話が違う。
「いやー、僕には演技なんかできませんよ。勘弁してくださいよ、石浜さん。」
 だが、恵美子は今度は恐い顔、というよりは、真剣な表情になった。
「虹沢君、よく聞いて。去年から演劇部は男の役者がいなくて、上演する台本が、すごく限られてしまっていたのよ。ここで虹沢君が一肌脱いでくれたら、台本の選択肢もずっと広がるのよ。」

 軽くうなづく秀の目をじっと見ながら、恵美子は続けた。
「今回候補に上がっている台本では、虹沢君にやってもらう役は、そんなに台詞もないから、気楽に構えてくれていいのよ。それに、役をやることで、演劇部に大きな貢献をする訳だから、楽器の4つや5つ部室に置いても、誰も文句は言わないと思うし、私も言わせないわ。どう?」
 最後の「どう?」で、あどけなく首をかしげられて、秀は瞬時にKOされてしまった。
「は、はい。じゃあ、なんとかやってみます。」
 とたんに恵美子は無邪気な笑顔になった。
「まあ、虹沢君って、素直だから好きよ。」
 これは、ダメ押しの一撃というものだった。

 その日から秀は、女子部員に混じって、演劇の練習に励む羽目に陥ったが、その見返りとして、ギターやアンプの置き場を確保したのである。