9.春が来て...(2)

 「オン・ステージ’71」を聴いた丈と浩二の反応は、ちょっと意外であった。
 丈は、かなりいい印象を持ったようで、
「なかなかいいじゃないか。リード・ギターが味があって、おもしろいよ。」
 そして、
「クラシカル・ガスが特に良かった。」
とも言ったので、秀はちょっと鼻白んだ。
「クラシカル・ガス」を、ちっともいいとは思わなかったからだ。

 この時点での秀の曲の好みというのは、「自分が演奏可能かどうか」に直結していた。
 ワイプ・アウト、キャラバンをきちんと弾くのには、かなりの修行が必要ではあろうが、秀のピッキング・スタイルの延長線上にはあり、何年かかっても、いつかは制してやろう、という気力のわくナンバーであった。
 しかし、フィンガー・スタイルの「クラシカル・ガス」は食卓で言えば、どうにも箸をつけたくない類いの品目であった。
 この手の曲をプレイするには、クラシック・ギターの初歩から学ばなければならない、と思い込んでいた。
「努力の足りない完璧主義者」の秀には、ちょっと気が重かったのである。

 浩二は、普段からマイペースで生きているような、飄々とした所があったが、ベンチャーズを聴く姿勢もマイ・ペースであった。
「俺はドン・ウイルソンがリズム弾いてれば、リード・ギターなんて関係ないね。それより、アーム付きのSGが欲しいなあ。」
 オカ・バンドの時や、3月の秀とのライヴに使ったグレコのSGは、クラスの友人から借りた物で、浩二は4月に入ってから、モズライト型のグヤトーンのギターを、どこからともなく仕入れてきて使っていた。クリーム色で、本物とは形状の違うアームが付いていた。
 この時点で、偶然にも「ザ・ズーチャンべ」は、ギタリスト全員が、本物ではないが、モズライト・タイプのギターを使用する事になってしまった。
 できるだけ早くテレキャスターを手に入れたい秀であったが、事態はなぜか、逆へ逆へと進んでいった。

 さて、もう一人秀から「オン・ステージ'71」を借りて聴いた男がいる。
 葉山次郎だ。
 レコードを貸した翌日、昼休みに演劇部室で顔を合わせるなり、次郎は興奮した口調でまくし立てた。
「いやあ、いいよ!最初に針を落とす時、ちょっと失敗して3曲目の途中からかかっちゃったんだけど、その瞬間、俺が求めていたのはこれだ!って思ったんだよね。」
 3曲目といえば、やはり「クラシカル・ガス」であった。

「ベンチャーズにも色々あって、こういうのもあるんだよ。」
というつもりで皆にレコードを貸したつもりだったが、どうも思わぬ反応が返ってきて、秀はちょっと不機嫌だった。
 敬愛するノーキーの存在が否定されたような気がしてしまったのである。