6.ジェリー・マギーとの出会い(4)

 それまで、ノーキーの「オン・ステージ’72」のサウンドにしびれまくっていた秀にとって、ジェリー・マギー、ジョン・ダリルが在籍した’68年〜’71年は、得体の知れぬ、未知の年代であった。

     

 しかし「オン・ステージ’71」のジャケットは、ステージ写真がカッコよく、特に裏表紙の写真にしばし見とれていると、ゆりが、
「虹沢君、このレコード欲しいのね?」
と聞いてきた。欲しいのは山々だが、2枚組のLPは、その場の勢いで買えるような値段ではない。
「うーん、一度は聴いてみたいとは思っているんだけど・・・。」
 煮え切らない返事をする秀に、ゆりの思いがけない言葉が返ってきた。
「いいわ。今日は、すっかりご馳走になっちゃったから、お礼にこのレコード、私がプレゼントしてあげる。」
「ええっ、そんな、悪いよ。」
 しかし、ゆりは秀の手からレコードを抜き取ると、さっさとレジに向かって、歩いて行ってしまった。
「し、渋山さん、ちょっと待ってよ。」
 レジに行くと、ゆりはもう財布を出して、お金を払っている。
 山野楽器のレコード袋に収まった「オン・ステージ’71」を、ゆりは記念品贈呈のように、両手で秀に向かって差し出した。
「はい、虹沢君の大好きなベンチャーズのレコードよ。私からのプレゼント。」
 秀はゆりの早業に戸惑いながらも、この場は素直に受け取ることにした。
「ありがとう、大事にするよ。」

 有楽町から山手線で秋葉原に出た。ここでゆりは総武線に乗り換えるのだが、秀は千葉方面行きのホームまで見送ることにした。
 階段を上がると、次の電車までに5分ほど間があった。
 秀はずっと気になっていた事を、最後になって初めて聞いてみた。
「ねえ、渋山さんて、彼氏というか、付き合ってる人なんか、いないの?」
 するとゆりは、ちょっといたずらっぽく笑った。
「まあ、虹沢君たら。そんな人がいたら、今日、虹沢君と会ったりしないわ。虹沢君こそどうなの?」
 秀はちょっと顔を赤くして、頭をかいた。
「僕も同じだよ。つまらない事聞いちゃったね。」
 ここで一気に「好きだ」と言えないところが、秀の詰めの甘さであった。

 やがて千葉行きの電車がホームに入ってきた。
「ありがとう、今日は楽しかったわ。また会えるかしら。」
「もちろんだよ。レコードありがとう。」
 ゆりが電車に乗り込み、こちらを向いている。秀もゆりの目をじっと見た。
 ドアが閉まった。
 お互いに手を振った。
 ゆっくり、ゆっくり、電車が動き出した。
 手を振るゆりの姿が、見えなくなった。
 やがて、電車のライトが夕闇の彼方へと、遠ざかって行った。