19. 出会い(7)

 秋はいつの間にか木枯らしに追われて、1972年も12月になった。
 エレキを弾くようになって、学業の方がさっぱりになってしまった秀は、赤点との壮絶な戦いの後、2〜3科目の追試を経て、ようやく期末試験を終えた。
 試験中もエレキを弾かなかった訳ではなかったが、冬休みを前にして、身も心も軽くなった状態で、秀はウキウキしていた。

 年の暮れも押し迫って、冬休みが近づいたある日の昼休み、中田源治が、
「ねえねえ、虹ちゃん。隣のクラスの奴らが、クリスマス・パーティーやるんだけど、砂田君とかが、バンド組んで演奏するんだって。今、ブラバン練習室で練習してるから、見にいかない?」
と誘ってきた。
 隣のクラス、というのは、志垣や砂田のいるE組だ。クリスマス・パーティーでバンドを組む、というのは、砂田から聞いていた。
 人のバンドの練習風景を見学するのも、ちょっと面白そうだ。秀は源治にくっついて行くことにした。

 ブラスバンド練習室に近づくと、ビートルズの「ゲット・バック」が聞こえてきた。
 あの印象的なギターのコード・カッティングと、ドラムのフレーズに聞き入りながら、源治のあとに続いて部屋に入った秀は、ドラムを叩いている男を見て驚いた。
「あいつだ・・・・・。」
 なんと、2ヶ月ほど前、ベンチャーズのポスターを売りつけてきた、中尾 丈がドラムセットに鎮座し、スティックさばきも見事に、バンドのリズムを支えている。
「あいつ、ドラムも叩けるのか。」
 そう思った秀だったが、後で聞けば、中尾はブラスバンド部でパーカッションを担当しているというのだから、むしろドラムの方が本業だったのだ。

 5人編成のこのバンドは、1年E組のクラス・メートだけで結成された、パーティー用の、即興バンドであった。
 ヴォーカルの岡 雅昭というのがリーダーで、バンド名は「プラスティック・オカ・バンド」だそうだ。
 リード・ギターの背の高い男は、グレコのサンバーストのレスポール・タイプを弾き、セカンド・ギターの方は、やはりグレコのSGタイプを弾いていた。
 砂田がすました顔で、赤いモズライトのコピー・モデルを、フィンガーで弾いている。秀とはたいしたセッションもしていなかったので、それまで気づかなかったが、こうして聞いていると、なかなかの腕前で、中尾のドラムとともに、バンドのリズムをしっかりとキープしている。
 アンプはエーストーンの20Wの物が二台。一台を砂田が使い、もう一台に二人のギタリストが一緒に接続していた。

 ひとしきり練習が進み、休憩となったところで、中田源治がオカ・バンドのメンバーに秀を紹介した。源治は、ブラスバンドつながりで、中尾たちと知り合いだったのだ。
「俺と同じD組の、虹沢君だ。ベンチャーズを弾かせたら、ちょっとうるさいよ。」
 瞬間、中尾のギョロッとした目と視線が合った。
「あの時はどうも。」
 秀が挨拶すると、中尾もちょっと笑顔を見せて、
「こちらこそ。」
と返してきた。すると、源治が、
「ねえ、虹ちゃん、せっかくだから、ちょっと弾かせてもらえば?」
と言い出した。
「人の練習しているところへ、いきなり来て、悪いよ。」
 遠慮する秀に、中尾が声をかけてきた。
「何か一緒にやろうよ。」
 リード・ギターの葉山次郎が、グレコのレスポール・タイプの、EG420を肩から外して、秀に手渡してきた。
 当時、高校生でグレコのレスポールを持っているといったら、一番安価なEG360が普通であった。その上位機種を手にして、秀はちょっと緊張した。