18.出会い(6)

 秋葉原のヤマギワ電気で「ベンチャーズ・オンステージ’72」を買ったその日から、秀は完全にベンチャーズ学校の熱心な生徒になった。
 それまでが「俺はベンチャーズが好きでたまらない」ぐらいの度合いであったならば、さらに深みにはまって「ベンチャーズなしではいられない」という状態になった、という事だ。

 「ベンチャーズ・オン・ステージ’72」を聴いた衝撃は、想像を絶するものがあった。
 秋葉原から帰って、さっそく針を落としたその瞬間、ギターの低音弦でのチューニングの音が聞こえてきて、「あ、本物の実況録音だ!」という証明がなされたような気がして、演奏が始まる前から、秀はエキサイトをゲットした。

 「クルーエル・シー」から始まる演奏そのものも、衝撃そのものだった。
 ノーキーの歪んだ音が、’60年代のライヴより若干テンポの落ち着いた、バンド全体のサウンドと相まって、非常にヘヴィーだ。 
 曲によってはワウワウを使用し、特に「ブルドッグ」のアドリブ・プレイでは、中学2年の時に好きだったシカゴの「長い夜」を思い出して、背筋がゾクゾクした。
 「インストルメンタル」というよりは、ブルース色の強いロック・バンドといったイメージのサウンドに、秀は心底ノック・アウトされてしまった。

 ほとんど音楽を聴くだけだった中学時代と違って、自分でも再びギターをプレイするようになってから、ベンチャーズを代表とするインストルメンタル音楽以外には、今ひとつなじめなかった秀であったが、これより以後、ディ−プ・パープルやレッド・ツェッペリン等にも耳を傾けるようになったのだから、おもしろいものだ。

 演奏はもちろんのことだが、解説書の表紙のステージ写真が、またたまらない。

   
 
 夏にテレビで、ノーキーが赤いテレキャスターを華麗に操るのを見て以来、フェンダーのギター、特にテレキャスターに対する、それまでのイメージがガラッと変わってしまった秀であったが、この写真を見て、どうにもテレキャスターが欲しくてたまらなくなった。
 だが、エレキ・ギターは、おいそれと買える代物ではないので、しばらくは、黒のジャパン・モズライトで我慢するしかない。

 夏の間、ほぼ毎日、秀の部屋の空気を振動させていた「ベンチャーズ・オン・ステージのすべて」は、めでたくお役御免となり、本棚の端っこに格納されてしまった。
 かわりに「オン・ステージ’72」が、秀の毎晩の子守役となった。
 ’60年代のライヴ・レコードがターン・テーブルに乗らなくなってから、黒いモズライトには悪いが、秀の心は完全に「テレキャスター」に持って行かれてしまっていた。
 いくらモズライトが微笑んでも尽くしても、秀の頭の中は、赤いドレスを着たテレキャスターの事でいっぱいだった。