第5章 白雲編

         35.流れ行く雲(4)

 演奏が終わると、万来の拍手に迎えられて四人はステージを降りた。
 秀は小学校6年生のクリスマス会で、角山 勇や兼田ノリヒロ、工藤弘一とグループ・サウンズをやった時の事を、思い出していた。
 拍手をするクラスメートの中で、ちょっと気になっていた横林真知子に視線をやると、小学生当時の渋山ゆりと映像が重なった。
 3年G組は、横林真知子の他にも、学年一の美人の噂も高い春川陽子、丈のお気に入りだった喜久冨美子を始めとした、魅力的な女子生徒の宝庫であった。
 その中の一人で、クラス一の素晴らしいプロポーションを誇る宇津木ひとみこそ、誰であろう、葉山次郎の将来の奥方なのであった。

 秀、丈、細川、阿武滝のライヴの後は、クラスメート同志の交換質問コーナーとなった。
 全員無記名で、興味あるクラスメートに対する質問を書いた紙を提出するのである。
 質問が出揃うと、司会の中橋が一枚一枚読み上げ、指名された生徒は立ち上がって、その質問に答える。
 秀はクラスの中では成績も悪く、決して目立つほうではなかったので、
「俺に質問する奴なんていないだろうな。」
と思っていたのだが、何人かの質問と応答が過ぎて、突然中橋に、
「次は虹沢君に質問です。」
と指名された時にはびっくりしてしまった。
「ええ、誰だよ、俺に質問するなんて物好きは。」
 そう思いながら、立ち上がった秀に対して読み上げられた質問は、
「好きな女の子とベンチャーズだったら、どっちを選びますか?」
というものだった。
「ええー?」
 秀は苦笑いと照れ笑いが交錯した表情で頭をかいた。その場の受けを狙うなら「女の子」と答えなければいけないところだが、妙なところで純情になってしまった秀の口からは、
「ベンチャーズ!」
という答えが発せられていた。
 その瞬間、横の席でにらみをきかせていた丈が「よし!」とうなずき、満足そうに笑った。

 その後、楽しい語らいが一時間ほど続き、お別れ会はお開きとなったが、クラス全員のうち、約半数は喫茶店に場所を移しての二次会へと流れた。
 日が暮れてそれもお開きとなったが、名残を惜しむ5〜6人は三次会へと突入した。
 三次会組は、柏市内のスナックに入り込み、背伸びをして酒を飲んだ。
 丈がオールドのダブルの水割りを注文しようとしたが、幹事の細川に、
「ぜいたくはだめだよ、資金が少ないんだから。」
とたしなめられ、全員「角」のシングルとなった。
 確かに、貧乏高校生全員、財布の中には千円札が数枚しか入っていない。
 決して安くはないスナックに長居もできず、1時間もしないうちに外へ出ると、誰かが「柏公園に行こう」と言い出した。こんな時は、どんな提案でも全員一致で通ってしまう。
「いいね、いいね!」
 細川は途中で酒屋を見つけると、缶ビールを買って皆に配った。それを飲みながら柏公園に着いた時には、夜の9時を回っていた。
 実は、柏公園は夜間は立ち入り禁止であった。酔った勢いで、ひとしきりワイワイ騒いでいると、
「こらー、お前らこんな時間に何をやっているんだ!」
と、公園の管理人のおじさんが飛んできた。
「やばい、逃げろ!」
 未成年飲酒者全員、一目散に公園の外まで走って逃げた。秀は赤いテレキャスターが入ったハード・ケースを片手に下げていたが、重いだのなんのと言っていられる場合ではない。
 いい加減なところまで逃げて、息が切れた一行は、支離滅裂な会話をしながら、千鳥足で柏駅に向かった。
 東口から駅構内に入り、改札の前まで来ると、ようやくお開きという事で、意見が一致した。
 お互い一人一人と固い握手を交わし、
「また会おう!」
と別れを告げあうと、改札の外には、なぜか秀と丈だけが残った。
「俺たちも帰るか。」
 丈が言ったが、秀はなんだか物足りない気分だ。
「いや、もうちょっとだけ、グズグズしていたいなあ。」
「そうか。じゃあ、そうしよう。」

 秀と丈はフラフラと駅の外へ出ると、いつの間にか卒業したばかりの高校に向かって歩いていた。
 酒の酔いはまだまだ強力に回っていたが、喉がかわいたので、途中にある自動販売機でジュースを買った。
 高校の裏門に着くと、人気がないのを確かめて、塀を乗り越えて校内に入った。
 行く先は、言わずと知れた演劇部室である。
 高校2年の夏以来、ここには何度無断外泊した事だろうか。おそらく今日が最後の「校則破り」となるのだろう。
 部室のイスに腰掛けると、丈が溜息混じりにつぶやいた。
「あーあ、高校生活も終わっちゃったなあ・・・。」
 それを聞いて、秀はなんだか無性に悲しい気分になってきた。酒の酔いのせいもあったろう。知らず知らずのうちに、涙がこみ上げてきて、止まらなくなった。
「卒業なんかしたくないよ。いつまでも、お前や浩二やハカセとバンドやっていたいよ。」
 秀は上着の袖で、何度も何度も涙を拭いながら言った。
「俺だって、みんなと離れたくないよ。」
 丈も泣いていた。
 3月上旬の夜空から、半分近くに欠けた月が、窓を通して秀と丈の姿をぼんやりと照らしていた。


             


トップ・ページに戻る