第5章 白雲編

         34.流れ行く雲(3)

 思い出深い三年間を過ごした高校生活に、別れを告げる時がやってきた。
 卒業式が行なわれたのは、三月初旬の、春の喜びを謳歌するようなやわらかな陽光が降り注ぎ、風もなく、穏やかな日であった。
 約350名の三年生全員、卒業証書を授与され、滞りなく式は終了した。
 最後のホームルームが終わると、3年G組のクラス一同は、全員で手分けしてお別れ会の準備にとりかかった。
 会場は音楽室である。去年の6月にT.A.D.がコンサートを行なった、思いで深い教室だ。
 男子も女子も、イスや机を並べたり、ジュースやお菓子をセットするのに忙しく立ち働いていたが、秀と丈、細川、阿武滝の四人だけは、アトラクション・バンドの準備に余念がなかった。
 アンプやドラム・セットを搬入してセッティングすると、会場内の雰囲気がグッと盛り上がった。
 すべての準備が完了し、担任の小久保先生が顔を出したところで、1974年度卒業生3年G組のお別れ会が始まった。
 クラス委員の中橋一夫と渡嘉崎かおりの軽妙な司会によって、小久保先生の挨拶、乾杯、生徒一人一人の一言ずつの挨拶と、スムーズにプログラムが進行したところで、秀たち四人の即席バンドの出番となった。
 秀が胸に抱えているのは、もちろん愛器赤いテレキャスターだ。
 丈は1バスに2タムの地味な基本セットで臨み、阿武滝はグレコのサンバーストのジャズ・ベースを抱えている。
 アンプは秀がエース・トーンの35W、阿武滝がエルクの30Wのベース・アンプ、細川は軽音から借りたエルクのヴォーカル・アンプを持ち込んでいた。
 リハーサルは前日に軽く1回だけしかやっていない。個人練習だけが頼りの即席バンドの演奏が、クラスメート達の拍手に迎えられて始まった。

 オープニングはベンチャーズ・スタイルの「ワイルドで行こう」だ。阿武滝と細川に渡したサンプルがオン・ステージ'71だったので、秀はサムピックを使って、赤いテレキャスターでジェリー・マギーのフレーズを弾いた。
 阿武滝のベースはなかなかタイトで、非凡な才能をうかがわせた。
 ヴォーカル担当の細川も、この曲だけはグレコのレスポールでコードを刻んだ。
 丈は'71年のメル・テイラーのスタイルで気持ち良さそうに叩く。
 T.A.D.で演奏する時とは違った、ガチガチのコピーにこだわらない、リラックスムードも悪くないものだった。
 続いては、浅川マキの「ガソリン・アレイ」だが、これはミディアム・テンポのブルース・ロック調の曲だ。
 バッキングやソロで、ノーキー「直伝」のカントリー・フレーズを応用すると、気持ちいいぐらいに曲の雰囲気にピッタリとはまった。
 間にストーンズの「ホンキー・トンク・ウイメン」を挟み、今度は「朝日のあたる家」の浅川マキ・ヴァージョンだ。細川のキーはベンチャーズより4度高いDmだったので、イントロのフレーズもずいぶん違う雰囲気になったが、テンポもずいぶんゆっくり目で、かえってベンチャーズのイメージからまったく離れて演奏を楽しむ事ができた。秀はダイナミックスの時のジェリー風のフレーズを意識して、バッキングやソロを組み立てた。
 丈はプロコル・ハルムの「青い影」のような6連符を多用して、若干ヘヴィーなサウンドに仕上げている。
 ハンド・マイク片手の細川もゴキゲンな調子で唸って、絶好調という感じだ。
 横で阿武滝は笑顔で堅実なベースを弾き、リズムを支える。
 即席バンドのショート・ライヴの最後は、当時ヒットしていた内山田 洋とクール・ファイブの「そして神戸」だ。
 あの印象的なイントロに続き、細川が前川 清のクセをことさらに誇張した歌い方でシャウトする。
 バックの秀も丈も阿武滝も、そして客席のクラスメートたちも、みんな腹の底から楽しそうに笑っていた。


             


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