第5章 白雲編

         32.流れ行く雲(1)

 年が明け、月日は矢のように過ぎ、1975年も2月の終わりに近づいていた。
 受験も終わったある土曜日の午後、秀は浩二、次郎とともに、流山の丈の家に遊びに来ていた。
 家が近い浩二は夜には帰るが、秀と次郎は泊まる事になっている。
 丈は受験生となった去年の四月から、庭の一角に建てられた、プレハブの離れに自室をあてがわれていた。独立したスペースなので、遊びに来た方も何かと気楽にくつろぐ事ができる。
 この頃には丈の家では、度を過ごさなければ、多少の飲酒を認めてくれるようになっていた。アルコールを受け付けない浩二を除き、秀も丈も次郎も缶ビールを飲んだ。浩二はそのかわりに、セブンスターをうまそうにふかしている。

 四人ともすでに、なんとか進路が決まっていた。
 秀は六つの大学を受けて、最初の五つをすべるという大苦戦の末、最後のY大学経営学部に補欠でようやく合格した。将来どんな仕事について、それにはどういう勉強をしたらいいのか、などという事は二の次である。
「いくらなんでも、この程度の合否ラインなら、なんとかひっかかるだろう。」
と選んだ大学と学部である。3年に進級したての頃に夢見た早稲田大学など、完全に雲の上どころか宇宙の彼方の存在で、受験すらしなかった。
 丈もやはり早稲田は断念しM大学に、浩二は自然体の受験の末A大学に、次郎は茨城にある国立の大学に進む事が決まっている。
 全員、必ずしも第一志望の大学に合格した訳ではなかったが、厳しく重苦しい受験の日々から開放された四人の若者は、心の底から楽しそうに語り合った。
 酒は強いが、すぐ顔に出る次郎が、ノーキーのテレキャスターのように真っ赤になって言う。
「虹は二度も入院しちゃったからどうなる事かと思ってたけど、合格してよかったな。」
 秀もほろ酔い加減で答える。
「いやあ、最後の最後でやっとこさだからね。もう駄目かと思ってたよ。それにしてもハカセはたいしたもんだ。一人だけ国立だもんね。」
「うーん、本当は同じ国立でも別の所を狙ってたんだけどな。けっこう厳しかったよ。」
 すると丈が、アルコールが回ったせいか、大きな目をトロンとさせて言う。
「茨城の大学ってことは、ハカセは下宿するのかな?」
「そうなんだ。来週には、下宿を探しに行かなきゃならない。」
 横でセブンスターの煙をフゥーッと吐き出した浩二が窓の外を眺めながら、
「ハカセは茨城、虹は白山、丈は江古田、俺は武蔵境か。みんなバラバラだな。」
とつぶやく。
 秀は淋しそうにうなずいた。
「卒業したら、バンド活動なんてできなくなっちゃうよなあ。」
「特にハカセは茨城で、遠いからね。」
 丈も大きな目を伏せる。次郎は三本目の缶ビールの栓を開けながら、
「時々はこっちに帰ってくるんだからさ。たまには集まろうぜ。」
と三人の顔を見回す。
 丈、浩二とともに秀は、
「そうだね、たまにはやろうよ。」
と言いながらも、この三人とバンドとして毎日一緒に行動できなくなる事に、無上の悲しさを感じていた。
 この二年あまり、秀の横にはいつでもT.A.D.のメンバーがいた。それが四月からは、全員それぞれの進路を歩むのだ。

 ひとしきり飲むと、アルコール摂取組は、かなり酔いが回ってきた。
 丈がフラフラしながら立ち上がると、
「よし、記念に口ベンチャーズを録音しようぜ。」
と、机の上からカセット・レコーダーを持ち出してきた。
「おお、いいね!」
 四人のうち、二人が揃えば事あるごとに、口でベンチャーズの自分の担当パートを歌って「合奏」してきたT.A.D.であった。大人たちが宴会になると、手拍子をしながら民謡を歌うようなものである。
「曲は何にする?」
などと話し合う前に、もう秀は「ベーン、ベーン」と「オン・ステージ’72」のオープニングのチューニング音を再現し始めてしまっている。
 何も言わなくても、その後に「ジャッ、ジャッ」とくれば、曲はクルーエル・シーと相場が決まっている。
 丈が、
「ドン・タ・ト・ドン・タ、ドンツカタット・ダカダカドコドコ・シャーン!」
とシャカリキになってドラムの全パートを再現すれば、次郎は、
「ボン・ボン・ボン・ボボ・・・。」
と低音でベースのフレーズを歌い、浩二は、
「ジャガ・スカ、ジャガ・スカ、スチャッチャラララ・・・。」
とコード感を出しながら、歯切れよくスキャットする。
 三人のバッキングに乗って、秀は気持ちよさそうに、
「ティーン・ティ・ティーン・・・。」
と、リード・ギターのパートを口ずさむのであった。

             


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