第5章 白雲編

         29.赤い記念碑(4)

 翌日の日曜日の朝、秀はバスに揺られて高校へと向かった。ブラスバンド練習室での集合時間は10時だ。
 今日は写真撮影のついでに実際に演奏もして、カセット・レコーダーで録音もする事になっている。
 メンバー全員、受験で忙しいはずなのに、一番の勉強家である次郎でさえ、ベンチャーズの'74年のレパートリーで、T.A.Dにとっては新曲といえる「ブルー・シャトウ」「逃亡者」「涙のギター」などを、いつの間にかしっかりとコピーしていた。
 また、今日はゲストとして、秀と文通で交流している大林俊雄さんと、その友達の神島常一さんを招くことになっていた。
 メンバー全員ステージに立っている時、誰がどうやってシャッターを押すのか、という話になった時、それなら思い切って大林さん達を呼んじゃおう、ということになり、連絡しておいたのだ。

 秀と丈、浩二は10時前にはブラスバンド練習室に集まっていた。
 次郎は大林さんや神島さんと柏駅で待ち合わせ、二人を案内してくることになっている。
 練習室の窓は暗幕で覆われ、電気をつけないと真っ暗の状態だ。演劇部から借りた照明器具の光をステージに向けて当ててテストしている最中に、廊下から足音が響いてきて、ドアが開いた。
 グレコのバイオリン・ベースのハード・ケースを下げた次郎に導かれて、大林さんと神島さんが入って来た。
 大林さんは、秀が入院中「日比谷野音」以降にもう一度お見舞いに来てくれたので、ほぼ二ヶ月ぶりの再会だ。
「今日は遠い所をわざわざすみません。」
 秀が頭を下げて挨拶すると、二人とも笑顔を返した。
「こんちわ。虹沢君たちのバンドの演奏が聴けるんで、すごく楽しみにしてましたよ。」
「日比谷では当日券だったのに、おかげさまで前の方で見せてもらっちゃって。」
 ベンチャーズ・ファン同志ということで、すっかり打ち解けた雰囲気の、なごやかな挨拶を交すと、二人にはステージ中央前にセットしたイスに座ってもらった。
 大林さんも神島さんも、段違いに組まれたステージの全景を見渡して、
「へえー、こりゃ本格的ですね。」
と感心している。
 用意していたカメラを大林さんに預けると、上下左右から眺めながら、
「自動露出のカメラですね。フラッシュはどうしますか?」
と聞いてくる。
「照明の効果を有効にしたいので、フラッシュはたかないで下さい。」
と答えると、大林さんは、
「うーん、この明かりの量じゃ、ちゃんと写るかなあ・・・。」
と首をかしげる。
 この当時は、ASA-400以上の高級フィルムは、まだ一般的ではなかったのだ。
「もし写ってなくても、カメラのせいだから、あまり気にしないで下さい。」
 秀が言うと、大林さんは軽くうなずいた。
「わかりました。フラッシュなしで、なるべくよく写るように工夫してみます。」
 そして神島さんの方を振り向くと、
「スポット・ライトを時々、一人一人に合わせて動かしてくれ。スポットが当たっているところなら、ある程度写るだろう。」
と指示した。神島さんは、
「何、俺は照明係か。こりゃ、面白そうだ。」
とニコニコして「客席」の左右の後方に置かれた照明器具を確かめに、席を立った。
 打ち合わせが済むと、T.A.D.のメンバー四人はステージに上がった。
 赤いテレキャスターを肩から下げ、客席正面を向くと、秀の頭の中には、その向こうに何千人という観客が、自分たちに拍手と声援を送っている情景が浮かんでくるのであった。

             


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