第5章 白雲編

         20.眠るテレキャスター(7)

 全員が秀のベッドの横に揃ったところで、丈が見知らぬ二人を紹介した。
「大林さんと、友達の神島さんだよ。」
 秀が譲ったチケットの受け渡しと待ち合わせを兼ねて、ベンチャーズのコンサート開演前に、秀の所へお見舞いに寄ってくれたのだった。さすがに細かい打ち合わせは手紙では無理なので、丈が大林さんと電話で連絡を取り合ったのである。
 病室に入って来た時から、秀の顔を見てニコニコと笑っている人が大林さんだろうとは、紹介されなくても直感でわかっていた。しかし、1年近く手紙だけでやり取りしていた人と、実際に顔を合わせるのは、実に不思議で、かつ、感動的なものがあった。
「はじめまして、大林です。」
「どうも、虹沢です。」
「こっちが、いつも手紙の中に書いている神島です。」
 大林さん自ら、再び自分と友人を紹介する。
「どうも、初めまして,神島です。」
 紹介を受けて会釈した神島さんは、大林さんの手紙の中でも頻繁に登場する人で、ベンチャーズのコンサートにはいつも一緒に行っているらしい。最近の大林さんの手紙には、
「彼の大学のある講義で、生徒の私語が多く騒がしかった時、その教授が『こんな授業してるぐらいなら、家でベンチャーズでも聴いていたほうがましだよ。』などと言ったそうです。彼は講義が終わった後、すぐに教授のところへ走って行き、自分がベンチャーズ・ファンである事を告げました。すると、教授の部屋に呼ばれて、'60年代の貴重な写真を何枚かくれたそうです。」
などというエピソードも書かれてあった。
「いやあ、わざわざ遠い所を寄っていただいて、すみません。」
 ベッドの上で上半身を起こして挨拶する秀に、大林さんは、
「あ、無理しないで横になっていて下さい。」
と気づかい、
「今日はせっかくのベンチャーズのコンサートに行けなくて残念ですね。おかげでいい席を譲ってもらっちゃって。これ、チケット代です。」
と、お金の入った封筒を差し出した。さらに30cm四方大の紙袋を、
「それと、これはほんのお見舞いという事で。」
と言いながら秀に手渡す。
 その中味が大きさや厚さから、LPレコードである事が容易に想像できた。
「そんな、気を使わないで下さいよ。ご丁寧にすみません。開けてみてもいいですか?」
「どうぞ、どうぞ。」
 紙袋を封じているセロテープを剥がして中味を取り出すと、ノーキー・エドワーズが赤いテレキャスターをにこやかに弾く姿が大写しになったジャケットのLPレコードだった。

   

 松戸公演で司会の河野嘉之氏が紹介していた、ノーキーの一番新しいソロ・アルバム「キング・オブ・ギター」である。
「うわあ、これは凄い。うれしいなあ、ありがとうございます。」
「たしか虹沢君、まだ持ってないって手紙に書いてあったから。」
 幼児のように喜ぶ秀を見て、大林さんも「してやったり」とばかりにニコニコしている。

 丈、浩二、次郎、大林さん、それに神島さんは、それから15分ほど秀と談笑したあと、小雨模様の日比谷へと向かった。
 大林さんのお見舞いにもらったばかりのノーキーのソロ・アルバムは、テープにダビングするために、丈がしっかり小脇にかかえて行く。
 病室を出て行く時、丈と浩二、次郎は、
「明日かあさって、顔を出すから。」
「今日は虹の分も楽しんできてやるからな。」
「おとなしく寝てろよ。」
などと声をかけて、手を振った。

             


トップ・ページに戻る