第5章 白雲編

         16.眠るテレキャスター(3)

 夏の暑さも峠を越して、あっという間に夏休みが終わってしまった。
 エレキ三昧の去年に比べ、受験を控えたこの一ヵ月半の夏休みは、さすがに普段より机に向かって参考書を広げる事が多かった秀ではあるが、学力的な向上は、はかばかしくなかった。
「いかんなあ。」
 と首をかしげるような状態で、二学期の始業式に臨んだ。
 クラスメートと久々に顔を合わせると、一様に皆、
「虹ちゃん、やせたね。」
と言った。
 駿台予備校夏期講習の間、ずっと昼食を抜いたのをきっかけに、夏バテも加わって、秀の食欲はそのまま落ちたままになっていた。
 その結果体重が急激に減って、夏休みの終わりには50キロを切って、48キロほどになってしまった。秀の身長は60キロあってもおかしくない170cmであったから、さすがにこれはやせ過ぎといえた。
 ジーンズのサイズで言えば、27インチでもまだウエストに余裕があった。

 そんな状況で二学期が始まった3日目の事だった。
 夜、寝る前になって、秀は何やら胸苦しさと胃の痛みを覚えた。
 翌日になってもそれは消えなかった。胸苦しいというよりは、実際、呼吸が苦しい感じだった。
 いかにも具合が悪そうな顔をしている秀を見て、心配した丈が、
「医者に行った方がいいんじゃないか。」
と言った。秀自身もそう思ったので、学校を早退して、自宅に近い総合病院に行った。
 自分自身、息苦しさと胃の痛みの原因を把握していないので、とりあえず内科で診察を受けた。
 総合病院では避けられない、長い待ち時間を経て、診察室に入った秀を待ち受けていたのは、衝撃的な診断結果であった。
 症状を聞いてから、聴診器を秀の胸に当てた医師は即座に、
「これは狭心症だね。」
と診断を下した。
「えっ!」
 秀はまさかと思った。子供の頃から心臓に異常などなかったからだ。
「できれば入院して治療した方がいいんだけどねえ。」
と医師が言う。しかし、秀は入院などしたくなかった。今入院などしたら、9月16日のベンチャーズ日比谷野外音楽堂公演に行けなくなってしまう。
「今度大学受験なんですよ。どうしても入院しなければいけませんか?」
 建前として秀は、受験を理由に入院のの必要性が絶対的なものなのかを聞いた。
 秀の問いに対し、医師はうなずき、
「そうか、受験じゃ大変だね。とりあえず薬を出しておくから、それを飲んで様子を見る事にしようか。とりあえず、学校では体育の授業は必ず見学するようにね。」
と言いながら、カルテに常人では読めない横文字を、目にも止まらぬ速さで何事か書き込んだ。
 家に帰り、母に事の次第を告げると、
「あらー、あんた今まで心臓なんか、どこも悪くなかったのにねえ。」
とびっくりしている。
 秀本人は、びっくりするどころではない。心臓の病気と聞いて、自分の人生がもう終わってしまったような絶望感に襲われていた。
「狭心症」というのが、どの程度危険な病気なのか、まったく知らなかったが、とにかく自分はあとわずかで死ななければいけないのか、と思ってしまったのだ。
 その絶望感は、口では言い表せないほど、17才の少年にとっては過酷なものだった。
 しかし、秀は何があろうとも、16日のベンチャーズ日比谷野外音楽堂公演には必ず行こうと、固く決意するのであった。

             


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