第5章 白雲編

         15.眠るテレキャスター(2)

 8月の10日から、秀はお茶の水の駿台予備校へ夏期講習に通った。受験生としては、お盆も何もない、勝負の時である。
 この日までに、秀は夏期講習のテキストをある程度予習してみて、決めた事があった。
 それは、やはり受験の選択科目は社会科で行こう、という事である。
 数学は、やはり秀の手におえる代物ではなかった。中学までは、それほどの努力をしなくても、そこそこの理解ができていたのだが、高校に入ってからはさっぱりわからなくなった。中間試験、期末試験でも、毎回のように赤点と戦っている。
 受験本番まであと半年を切ったこの時期、苦手な教科の習得に多くの時間を割く事は、あまりにも危険と言えた。他の教科の勉強をする余裕がなくなってしまう。
 そこで秀は思い切って、夏期講習においては、数学の授業はバッサリと捨てることにした。
 この講習は、国、英、数の三教科限定の強化コースではあるが、国語と英語だけに絞っても、十分手強い物があった。秀は特に英語の講義に集中し、予習、復習も英語を中心にこなした。
 そして日程の3分の1程が過ぎた時、それでも中途半端であると感じ、国語さえも切り捨てて、英語の講義だけを受ける事にした。
 ギターの事に置き換えれば、フラット・ピッキングとフィンガー・ピッキングの両方を半端にかじるより、どちらかを集中して練習するようなものだが、実際駿台予備校の講義はレベルが高く、基礎学力のない秀は、こうでもしないと、とても追いついて行けなかったのだ。
 夏期講習の授業は、午後1時から5時頃までだったが、受講科目を英語だけに絞ってしまってからは、拘束時間が極端に減って楽になった。

 夏期講習の間、母から一日数百円の昼食代が渡されていたが、秀は毎日昼食を抜いて、これを貯めた。
 もちろん、ベンチャーズのLPレコードを買うためである。
 もともと食が細く、また食欲も落ちる暑い時期であったため、空腹を我慢するのは、それほど苦にならなかった。
 それよりも、秀にとってはまだ聴いたことのない魅力的なアイテムがあまりにも多すぎた。
 ベンチャーズの’66年や’67年の実況録音盤や、数多くのスタジオ録音盤、さらにはノーキーのソロ・アルバム等、次は何を買おうか、と迷うだけでもたまらなくワクワクした気分になった。
 受験生としてのけじめをつけるため、夏期講習の間はじっと我慢し、全日程が終了したその帰り道、秀は秋葉原に寄った。
 10日間昼食を抜いて浮かせた金額は、LPレコード1枚分に、ほぼ相当した。
 秋葉原で電車を降りた秀は、いつものように石丸電気本店4階のレコード・テープ売り場に直行した。
 買うべきレコードの候補はしぼってあったが、いざ売り場で眺めると、さすがに1枚を決めるのはむずかしかった。
 迷ったあげく選んだのは、’66年の実況録音盤「オン・ステージ・アンコール」であった。先に’68年以降の実況録音盤をすべて聴いてしまった秀は、夏休み前に「イン・ジャパン」を買ったので、’65年以降を年代順に揃えようと思ったのだが、先に買うべき「オール・アバウト」は2枚組で5000円と値が張るのと、すでに持っている「オン・ステージのすべて」と内容の大部分が重なっている事を知っていたため、’66年の購入を先にしたのである。

  

 秀は帰宅後、しばらく会っていなかった丈に電話し、翌日「オン・ステージ・アンコール」を持って彼の家へ遊びに行った。
 例によってカセットにダビングしてもらいながら一緒に鑑賞し、テンポが速くてパリッとしたサウンドにしびれまくったのであった。

             


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