第5章 白雲編

         11.サマー・ブリーズ(3)

 15〜20分ほどバスに揺られただろうか。
 南砂町三丁目で二人は下車した。砂町のプールに来るのは、中学2年以来四年ぶりになるが、場所はしっかり記憶している。
「うわあ、久しぶりだなあ。」
 見覚えのある商店街を歩きながら、秀があたりを見回して言った。半歩ほど遅れてゆりがついてくる。
「私はこの辺は初めてだわ。」
 バス停から3分ほど歩くと、電電公社の運動施設の事務所の建物が見えてきた。野球のグラウンド、テニス・コート、そしてプールが隣接して備えられている。
 管理事務所の窓口へ行き、親から預かった健康保険証を見せる。管理人のおじさんはサッと目を通すと「どうぞ」と更衣室への通路を指差した。
 事務所窓口の横を奥に入ると、更衣室がある。
 秀は女子更衣室の前までゆりを案内すると、
「中に無料のロッカーがあるから。」
と言って軽く手を振り、自分も隣りの男子更衣室に入った。
 男が水着に着替えるのにかかる時間など、たかがしれている。あっという間にトランクス・タイプの海水パンツ姿になった秀は、バス・タオルを肩にかけて、プール入り口に通じる廊下に立って、ゆりが出てくるのを待った。
 廊下の先の外に、シャワーや消毒用の水槽が見える。金属のパイプや水槽に張られた水が、真夏の陽射しを反射して、キラキラと光っていた。

 ポン、と肩を叩かれて振り向くと、着替え終わったゆりがそこにいた。
「ごめんなさい、待たせちゃって。」
 水着姿である事をはにかんでいるような表情のゆりを見て、秀は目のやり場に困った。
 真新しいオレンジ色のワンピース・タイプの水着が、太陽のような眩しさだ。
「秀ちゃんがプールに連れてってくれるっていうから、昨日水着買っちゃった。」
 ただ待ち合わせて来ただけなのに、連れてきてもらったとゆりに言われて、秀はちょっと照れた。
「う、うん、すごく似合うよ。」
 秀は目をそらし加減にして答えた。
「さあ、行こうか。」
 勇気を出して秀が手を差し出すと、ゆりもちょっぴりはずかしそうに微笑みながら、秀の手を握ってついてきた。
 夏休みとはいえ、平日のプールは比較的すいていて、二人の荷物を置くスペースを探すのは容易であった。
 秀が東側の隅に近い場所で、
「ここにしよう。」
と指さすと、ゆりは持ってきたビニールのシートを広げて敷いた。
「プール・サイドに出ると、けっこう日射しが強いのね。今日は焼けちゃうかな。」
 ゆりがまぶしそうに手をかざしながら空を見上げて言った。
「俺、日に焼けても黒くならないで、赤くなるだけだから、みっともないんだよね。」
 秀も、東京にしては抜けるような青い空に浮かぶ力強い入道雲に視線を移して答えた。
 プールに隣接している野球のグラウンドでは、おそらく社会人野球の電々東京であろうチームの選手たちが、炎天下で白球を追っているのが見える。
 反対側に目をやると、テニス・コートがあり、数人の男女がラケットを手に、右へ左へと走り回っていた。
「私、あんまり泳げないの。秀ちゃんは泳ぎは得意なの?」
「いや、泳げることは泳げるけど、自己流のデタラメだから。」
「私、こんなの持ってきちゃった。」
 ゆりが笑いながらバッグから取り出したのは、スイカの模様のビニールのボールだった。
「お、いいじゃん。浮き袋がわりにもなるし。」
 秀はペチャンコにしぼんだボールをゆりから受け取ると、肺活量を目一杯使って、パンパンに膨らませた。
 秀とゆりは小学生時代に戻ったように、プールの中で他愛もない事をして遊んだ。
 ふと、ここに角山 勇や日野原ゆきえが一緒にいたら、さぞかし賑やかになっただろうな、と思った。

             


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