第5章 白雲編

         9.サマー・ブリーズ(1)

 数日後の火曜日の午前9時頃、秀は国電船橋駅の東京方面行きのホームの、一番東京寄りに立っていた。
 渋山ゆりと、プールへ行く約束をしていたのだ。
 何本かやり過ごした後に到着した電車の、先頭の車両のドア越しにゆりの姿が見えたので、秀はそれに飛び乗った。
「ごめんなさい、忘れ物を取りに戻ってたら、ちょっと遅れちゃった。」
 ゆりが両手を合わせながら謝るのに対し、秀はいつもの決り文句で答える。
「いや、そんなに待ってないよ。」
 今日、これから行くのは、東京の江東区南砂町にある、電電公社(現在のNTT)のスポーツ施設内にあるプールだ。父が電電公社に勤めているので、家族も無料で利用する事ができる。柏に引っ越すまでは、毎年夏になると、友達と誘い合わせては何度も通ったものだった。
 スポーツ施設のプールといっても、縦15メートル、横25メートルのプールが一つあるだけの、極めて簡素なものだ。
 行こうと思えば、後楽園とか豊島園、あるいは船橋ヘルスセンターあたりに、いくらでも大きなプールがあったが、自分達が小さい頃に過ごした街並みを散策する楽しみも兼ねて、秀が行きなれた場所にすることにしたのだ。

 柏から亀戸に行くのには、常磐線で北千住に出て、東武線に乗り換えるのが一番早いのだが、千葉から亀戸に向かうゆりと少しでも早く合流するため、多少遠回りにはなるけれども、東武野田線で船橋に出ることにしたのである。
 電車が動き出してから、改めてゆりと目を合わせると、ゆりは、
「フフ・・・。」
と微笑んだ。
 クリーム色に青い水玉模様のワンピースに、大きなつばの白い帽子がまぶしい。
 実際に会う回数が少ないので、そのたびに新鮮で、胸の高鳴りを感じてしまう秀であったが、今日のゆりは、また一段とはじけるような輝きを見せていた。
 ゆりは女の子らしく、それなりにおしゃれなバッグを持っていたが、秀の方はいかにも「これからプールに行ってきます」といった風情のビニールの手提げだったので、ちょっとはずかしかった。

 亀戸に着くまでの間、お互いの近況報告をし合う。
 以前は月に2、3度のペースで手紙のやり取りをしていたが、受験生となった今年の4月からは、月に1度にしようと二人で決めたので、前回のやり取りから、半月以上がたっていた。
「どうだったの、ベンチャーズのコンサート。やっぱりすごいんでしょう?」
 さりげなくベンチャーズの話題を振られて、秀も思わず情熱的に、
「そりゃあもう、凄いなんてもんじゃなかったよ。リード・ギターのノーキー・エドワーズがさあ・・・。」
 と、ひとしきり語りまくってしまった。しかし、途中でふと我にかえって口をつぐむ。
「こめんごめん、テレキャスターがどうのとか、PAがどうのとか言ったってわかんないよね。」
 ゆりは口に手をあててクスッと笑う。
「でも、そんなに素敵なコンサートなら、私も一度見てみたいわ。」
「そうだね、来年は一緒に見に行こうか。」
 だが、秀は半分は、ベンチャーズのコンサートを見ている最中の自分の姿をゆりに見られたくなかった。それはほとんど、GSに熱狂して「ジュリー!」「ショーケン!」と叫び声をあげている女の子と大差ない状態だったからだ。
「でも、ゆりちゃんと見に行くんだったら、ポール・モーリアとか、ブラザース・フォアとか、カーペンターズの方がいいかな。」
「あ、カーペンターズいいわね。大好き。」
 そんな話をしているうちに、電車は亀戸に着いた。

             


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