第5章 白雲編

         8.赤いテレキャスターの逆襲(8)

 さて、コンサートの内容の方は、すでに公開済みの、

「文字で聴くベンチャーズ・オンステージ特別編第2弾/1974年8月1日 松戸市民会館公演」

に譲る事にして、場面をコンサートの終了後の帰り道に移す事にしよう。

 松戸市民会館の外へ出てみると、開場前からポツポツと降り出して、やがて雷を伴って、ベンチャーズのコンサートを中断させた豪雨は、終演後もやむことなく、バケツをひっくりかえしたような有様であった。
 この10年後に3代目ベーシストとして、T.A.D.に参加する事になる、当時中学生だった蜷川比呂志は、偶然にもこのコンサートを、市川方面から友人と2人で自転車を走らせて見に来ていたそうだが、さすがに帰るに帰れず、友人のお父さんに車で迎えにきてもらったらしい。
 秀、丈、浩二、次郎の四人は、全力疾走で国鉄松戸駅構内に駆け込み、切符を買って取手方面の快速電車に乗った。
 四人とも、一年ぶりの、しかも去年と比べて格段にステージに近い席で、生のベンチャーズを見た興奮を抑えきれないでいた。
「いやあ、まさか『ワイルドで行こう』から始まるとは思わなかった。感激したよ。」
 と秀が切り出すと、
「ちょっとリーシャの歌が長かったけど、けっこう可愛かったから許しちゃおう。」
と丈。浩二は、
「ドンは今日もあの変なギターだったな。SGはもう使わないのかな。」
 どうもドンが昨年から使い始めたジャズ・マスターに、今ひとつ馴染めないようだ。
 次郎はもちろんボブの話題だ。
「ボブがリードを弾くなんて思わなかったな。俺もさすらいのギター覚えなくちゃ。」
 とにかく、ステージ構成から演奏中の停電まで、四人にとってはすべてがハプニングの連続であり、良い所も悪い所もすべて鮮明に、全員の脳裏にしっかりと焼き付けられたと言っていい。
 松戸から柏までの車中、四人のハイ・テンション・ボーイズは、今日のコンサートについて、情熱的にしゃべりまくっていた。
「ノーキーがちょっとミスしたけど、やっぱりテクニックあるね。涙のギターなんて、何弾いてるかわからなかったもん。」
「ジョーは今年はツイン・バス踏んでなかったよ。でも、エイト・ブラザースの使い方は、去年よりだいぶ慣れたみたいだね。」
「しかし、コンサートの最中に停電はまいったよな。音が出なくなっちゃうんだもんなあ。ベンチャーズって、やっぱりエレキ・バンドだったんだね。」
「ボブの京都の恋のフレーズが’70年より複雑でカッコよかった。」
 そうこうしているうちに、あっという間に電車は柏駅に到着してしまった。今までなら、高校の部室にでも泊まって、夜通し語り合うところだが、受験生の身ではそうもいかない。
 物足りなさ、名残惜しさを抑えて、四人は改札を出たところで解散した。

 家に帰った秀は、とりあえず机の前に腰かけて、駿台夏期講習のテキストを広げたが、今日のベンチャーズのコンサートのあらゆるシーンが思い出されて、とても勉強など手につかない。
 目を閉じても閉じなくても、赤いテレキャスターを華麗に操るノーキーの姿が、秀の頭の中のスクリーンに、大写しになって躍動している。
 たまらず秀は、部屋の隅に立て掛けてあったギター・ケースを開けて、グレコの赤いテレキャスターを取り出してしまった。そして「ワイルドで行こう」「涙のギター」「クラシカル・ガス」など、可能な限り、この日のノーキーが弾いたフレーズを思い出して弾いていた。

 一年前、秀がダイナミックスのステージを見てからというもの、金色のレスポールに押されっ放しだった赤いテレキャスターの、鮮やかで強烈な反撃であった。

             


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