第5章 白雲編

       7.赤いテレキャスターの逆襲(7)

 それからしばらくすると、浩二がやってきた。
「ドンとノーキーにサインもらったよ。」
と色紙を見せると、
「おお、すげえ!」
と目を輝かせたので、秀は浩二にドンのサインを譲る事にした。
 丈もうれしそうにジョーのサインの入ったタムタム・ヘッドを浩二に見せた。
「ハカセはまだ来てないの?」
浩二があたりを見回しながら聞く。
「まだだよ。あいつのことだから、英語会話講座を聞いてから来るんじゃないの。」
 秀はそう答えたが、実際次郎は四人の中では一番真面目だった。
「そろそろ表に行ってみようか。」
 丈が言うので、三人は正面入り口の方へと向かった。いつの間にか日が傾きかけ、ホール前の商店街は、買い物をする主婦を中心としたお客でにぎわっている。

 松戸市民会館

 ホール入り口の前には、すでに25〜30人ほどの行列ができていた。
 三人は前売り券を持っているので、あわてて並ぶ事もない。ホール前の路上でとりとめのない会話をして、時間をつぶす。
 まだボブとデイヴにサインをもらっていないので、念のために文房具屋で色紙も仕入れておいた。
 そうこうしているうちに、商店街の向こうの方から、割と小柄な長髪の人物が歩いてくるのが見えた。
 とたんに丈の目つきが変わった。
「ジョー・バリルだ!」
 いつの間に、どこから外へ出たのか、ホール近辺を散歩でもして戻ってきたところなのだろう、ジョー・バリルがこちらに向かって来る。
 いてもたってもいられなくなった丈は、ジョーの元へ走って行き、ついさっきタムタムのヘッドにサインをもらったにもかかわらず、今度は着ていたTシャツの胸にサインをもらった。
 その光景を、周りの人たちもニコニコと笑いながら見ている。何人かはジョーにかけより、握手したりサインをもらったりしている。
「へへっ、またサインもらっちゃった。」
 丈が照れくさそうな笑顔で戻って来た。
「よかったな。」
 秀と浩二が代わる代わる丈の胸をペタペタ叩いていると、ホール前の行列の後方から、軽いどよめきが起きた。
 見ると今度は、やはりいつの間にか散歩に出ていたボブ・ボーグルとデイヴ・カーがホールに戻って来たところだった。
 楽屋口を使わずに、正面出入り口から堂々と中へ入ろうというのだ。
 秀は二人が通り過ぎる時、体を硬直させながらも、
「サイン、プリーズ。」
と色紙を差し出した。しかし、リハーサルの時間が迫っているのだろう、ボブは、
「アトデ。」
と軽く手を振って、デイヴとともに、ホールの中へと消えていった。

 6時近くになった。日が完全に暮れるには早い時間だったが、あたりが急に暗くなってきた。
 空を見上げると、昼間あんなに晴れ渡っていたのに、いつの間にか雨雲が全天をおおっていた。いかにも重たそうな黒雲がたれこめて、いつ雨が降り出してもおかしくない状況だ。
「あ、降ってきたぞ!」
 ホール前に並ぶ行列のあちこちから、そんな声があがった。秀や丈、浩二の顔や腕にも、ポツポツと冷たいしずくが落ちてくる。
 サイン色紙を濡らさないように、三人は屋根のある場所に避難した。
 遠くの方で、雷鳴が響いていた。この雷が、やがてこの松戸にも接近し、ベンチャーズのコンサート中に思わぬアクシデントを引き起こすことになろうとは、この時点では、誰も予想し得なかった。

 そこへようやく次郎が、松戸駅の方から大股で歩いてくるのが見えた。
「いやあ、降ってきたな。傘持ってこなかったぞ。」
 片手を軽く上げて近づいてくる次郎に、
「おそい、おそい。俺と丈は、ノーキーやドンさんやジョーにサインもらったんだよ。」
 と秀はサインを見せる。
「おお、すごいじゃないか。」
「ボブさんにももらおうと思ったんだけど、タイミングが合わなかったんだ。」
「そうか、そりゃ残念だったな。」
 やがて開場の6時になり、ホール入り口から2列になった人々が、ぞろぞろと中へ入って行く。
 秀、丈、浩二と次郎も後ろの方に並んで、ゆっくりと人の流れにそって進んだ。


             


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