第5章 白雲編

        6.赤いテレキャスターの逆襲(6)

 ドンは待ち構える二人の少年を見て、耳の穴を人差し指で掻き、一瞬めんどくさそうな表情を見せたかに思えた。
 それにもめげず秀が、
「ハロー、ミスター・ダン。」
などと調子っぱずれの挨拶をし、色紙を差し出すと、口元に笑みを浮かべてサラサラっとサインをしてくれた。
 丈は丈で、ジョー・バリルにかけより、やはり片言の英語で挨拶をすると、用意していたタムタムのヘッドにしっかりとサインをもらう。
 秀と丈はかわるがわる、ドンとジョーに握手をしてもらい、楽屋口に消えてゆく二人を見送った。

 秀も丈も、異常に興奮していた。ベンチャーズのメンバーをこんなに間近で見たのは、去年のダイナミックスの時の、メルとジェリーに続いて三人目、四人目だ。
「本当にドン・ウィルソンとジョー・バリルだったね。」
「本物はやっぱりカッコいいね。」
 訳のわからない会話をしているうちに、もう一台セダン車が到着した。
 先程の興奮も冷めやらぬまま、二人が硬直して待ち構えていると、今度は助手席からは、スティーブ・マックイーンに似た青い目の人物が降りてきた。ボブ・ボーグルだ。後部席のドアからは、ヒゲをたくわえた新メンバーのデイヴ・カーが続く。
 秀はボブにサインをもらうために駆け寄ろうとして、はっと立ち止まった。
 車の中にもう一人いる。その人は、一番最後にゆっくりと、デイヴとは反対側の後部ドアからその巨体を現した。
「ノ、ノーキーだ!」
 秀が高校入学以来、このエレキの王様に対して溜めに溜めていた敬愛の情が、一気にこみ上げてきた。
 まさに、この日、この時のために、今までベンチャーズを応援してきたのではないのか。
 ボブとデイヴは、素早く楽屋口に消えたが、ノーキーは情熱的な高校生二人に捕まった。駆け寄る二人を見て、ノーキーはやさしい笑顔で迎えてくれたように見えた。
 「Hello」だったか「How are you?」だったか「How do you do?」だったか、何をしゃべったか記憶にない。とにかく秀はノーキーに挨拶をし、握手をしてもらった。
 秀はしっかりとノーキーの手を握った。ノーキーも力強く握り返してくれた。大きな手のひらだったが、意外にやわらかく、しなやかな感触だった。
 ノーキーは写真を見た限りでは「太ったオヤジさん」という印象があったが、実物は背が高いのはもちろん、足も長くて、とてもスマートに見えた。とにかくカッコいい。
「サイン、プリーズ。」
 秀の差し出したマジックと色紙を、ノーキーは快く受け取り、サラサラと美しい字体でサインしてくれた。
 秀は興奮と緊張で、体中がコチコチに固まっていたので、サインし終わったノーキーが色紙を返してくれるのに、うまくタイミングが合わず、地面に落としてしまった。
 それを見たノーキーは、なんと日本語で、
「ゴメンナサイ。」
と言ってくれたではないか。日本では10年も前からエレキ・ギターの王様と呼ばれた人の、この一言を、秀は一生忘れる事ができないだろう。
 色紙を拾い上げ、また握手してもらう。
 丈とも握手を交わしたノーキーは、二人に軽く手を振って、楽屋口のドアの奥へと消えていった。
 秀も丈もしばらくボーッと立っていた。ふと我にかえって目が合うと、お互いが持っている物を見て、ようやく笑顔が戻った。
 丈の手にはジョーのサインが入ったタムタムのヘッド、秀の手にはドンとノーキーのサイン色紙。
「やったね。」
「よかったな。」
「ジョーもノーキーも、本物って、すごくカッコいいね。」
「ノーキーは大きかったけど、手は柔らかかったぞ。」
 そんな会話をしながら、二人はしばし感激を分かち合うのだった。


             


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