第5章 白雲編

        5.赤いテレキャスターの逆襲(5)

 夏休みに入っていきなり、息抜きから入ったような日光旅行から帰った秀であったが、8月中旬からの、駿台予備校夏期講習に備えてそろそろ予習をはじめなければならない。すでに配布されていたテキストを見ながら、机の前に座ってはみるものの、英語も数学も難しくて、さっぱりわからない。
 宮地の言葉に乗せられて、とりあえず数学での受験を目指したものの、秀は早くも後悔していた。かといって、もうお金も払い込んでしまったので、講習をキャンセルする訳にもいかない。
 半ばヤケクソ気味にテキストをめくっては、溜息をつく秀であった。
 7月も終盤にさしかかった。例年通り、暑い夏であった。家ではどうしても勉強に集中できず、ギターを弾いたりテープを聴いたりしてしまうので、わざわざ高校まで行って図書室を利用するなど、秀は自分なりに自分にムチを打つ。
 
 そうこうしているうちに、あっという間に7月がおわり、8月1日の、ベンチャーズ松戸公演当日を迎えた。
 秀は丈と早目に行って、楽屋の入り口でベンチャーズのメンバーを待ち構えることにしていた。ノーキーやジョーに握手してもらい、余裕があればサインしてもらうためだ。
 夜6時開場にもかかわらず秀と丈は午後1時過ぎには、松戸市民会館の楽屋入り口に通じる駐車場に立っていた。
「やっぱり、まだ来てないみたいだね。車が1台も止まってないもん。」
「ちょっと来るのが早すぎたかな?」
 途中、文房具店に寄って、サイン用色紙を2枚買っておいた。1枚はノーキーに、もう1枚はベンチャーズのメンバーなら、誰でもいいからサインをもらうためだ。
 丈はジョーにサインをもらうために、タムタムのヘッド(皮)を持って来ていた。
 真夏の陽射しがジリジリと照り付ける、暑い日だった。秀と丈は日陰を選んで腰かけ、缶ジュースを飲んだりしながら雑談し、ひたすらベンチャーズの到着を待った。
 もう、時は永遠に流れを止めたかに思われたが、太陽は少しづつ正確に西の地平線に向かって傾いていく。
「まだ来ないのかな、ベンチャーズ。」
「楽屋口って、ここしかないよなあ・・・。」
 3時半だったか、4時だったか、それとも4時半になっていたのか?腕時計を持たない秀と丈には、正確な時刻はわからない。夏の太陽はまだ高く、夕方というにはちょっと早いと思われる頃に、駐車場に黒塗りの大型セダン車が入って来た。
「あ、来たぞ!」
 とたんに話をやめて立ち上がり、セダン車に注目した二人の体は、完全に固まっている。
「誰だろう・・・。」
 秀がつぶやくと、完全に停止したセダン車の助手席のドアが開き、ジーンズの上下にサングラスの外人が降りてきた。同時に後部座席からもう一人。
 ドン・ウィルソンとジョー・バリルだった。

注: 現在においては「外人」という表現が差別用語的に解釈される事が多く「外国人」と表記すべきなのですが、私個人、この当時ベンチャーズを「尊敬すべきカッコいい外人」と思っていて、悪意がない事と、時代背景の描写を明確にするために、あえて「外人」表記にした事を、ご了承下さい。


             


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