第5章 白雲編

        4.赤いテレキャスターの逆襲(4)

 中善寺湖でボートに乗ったりして、ひとしきり遊んだ三人は、さらにバスに乗り、竜頭の滝へとたどり着いた。
 今回の旅行の宿となる、浩二のお父さんの会社の寮は、その近くにある。三人は、宿に入る前に、竜頭の滝を見物した。

       竜頭の滝

 いくつもの大きな岩の間を蛇行して流れる竜頭の滝の、独特の風情を見て、秀、浩二、次郎は、
「いやあ、いいですよねえ。」
「もういいです。」
「本当にいいんです。」
と、宇月陽介氏の言葉を引用しながら騒いだあと、宿に入った。
 一泊二食付きで2000円前後だったろうか。企業の施設なので、料金は格安である。
 フロントで部屋番号を聞いてカギを受け取ると、荷物を置いてすぐ風呂に入った。露天風呂はなかったが、広々とした風呂場で、三人はゆったりと今日一日の疲れを癒した。

 夕食は、安い料金の割にまあまあのメニューが並んだ。
「ビール飲みたいな。」
次郎が言い出した。
「そうだね。でも、ドンさんのお父さんの会社の施設だから、やばいんじゃないの?」
秀が一応建前を言うと浩二は、
「飲んじゃえ、飲んじゃえ。俺だって食後には堂々と一服するつもりなんだ。」
と笑った。
 自分自身は飲まない浩二が自ら立ち上がって、秀と次郎のために調理場へビールを注文しに行ってくれた。
 父親が酒好きで、秀も親のいるところでは公認で飲酒していたので、風呂上りのビールの旨さはわかっていた。
 次郎と注ぎあいながら、ひたすら飯をかき込む浩二も交えて、色々と語り合う。
「受験てやだよね。毎日すごくプレッシャーを感じるよ。」
その割にはほとんど何もしていない秀が言うと、
「俺はそれなりに自分の実力に応じた所へ入れれば、どこでもいいと思ってるんだ。無理して入ったって、ついていけなくて苦労するのがオチだからな。」
浩二は自然体を強調した。
 対して次郎は、
「俺はとにかく国立だ。授業料も安いし。」
と、正反対のスタイルだ。
「ふうん・・・。二人とも、しっかり自分の考えを持っていて、えらいよな。」
 いまだ、はっきりとした進路の方針が決まらず、フラフラしている秀は、浩二や次郎の意見を聞いていて、自分が情けなくなった。春先に丈と「一緒に目指そう」と言っていた早稲田大学は、はるか彼方に見えなくなりつつあった。
 ビールが半分残ったグラスを持ったままうつむいた秀に、次郎がビンをグイと差し出してビールを注ぎながら、
「まあ、あと半年も我慢すれば、開放されるんだ。虹もがんばれよ。それより、来週は松戸でベンチャーズだ。受験勉強には、最高の気分転換だよ。」
 話題が変わったとたん、パッと秀の表情が明るくなった。
「そうだね。大林さんの情報では、今年はノーキーがそうとう乗っていて、すごいらしいよ。」
 そう言いながら秀は次郎のグラスにビールを注ぎ返す。次郎は泡が溢れそうになったのを「おっとっと」と口を突き出して吸うと、
「俺は生のベンチャーズを見るのは初めてだからな。じっくりとボブのベース・プレイを観察するよ。」
 横で早くも夕飯を食べ終わっってしまった浩二が、うまそうにセブンスターをふかしている。
「ドンは、またあの変なギター使うのかなあ。俺はSGの方が好きなんだけどな。」
 相変わらずジャズ・マスターの名前を覚えていない。
 そんな会話をしているうちに、すでに初秋に入ったという奥日光の夜は、静かに静かに更けていった。

 三人は翌日、竜頭の滝から戦場ヶ原に通じる遊歩道に入り、湯滝への約6キロ余りを歩いた。
 激流が45度ほどの角度で迫ってくるような、湯滝の眺めには、圧倒されるものがあった。

         湯滝

「屈折していて味わいが深い竜頭の滝がジェリーのリードなら、湯滝はノーキーかな?」
 すっかり日光の風景をベンチャーズの曲名やメンバーに例えるのが気に入ってしまった次郎が、飛んで来る水しぶきに目を細めながら言うと、
「いや、ノーキーのリードはもっと優雅だし、エレキの王様なんだから、華厳の滝だね。この湯滝の迫力は、メルのドラム・ソロみたいだよ。」
と秀もその世界に入る。
 横で腰に手をあてて、「さすらいのギター」のジャケットのドン・ウィルソンのような姿勢で滝を眺めていた浩二が、振り向いてニヤリと笑う。
「そういや、この激流はツインバスの連打みたいだもんな。それなら、戦場ヶ原の草むらは、ドンのヒゲかな。」
「冷静なボブは中禅寺湖。」
次郎が続けると、秀も乗る。
「いろは坂の、あのカーブの多さは、やっぱりジョーのエイト・ブラザースだね。」
 そんなこんなで、いたる所のあらゆる場所で「この風景がベンチャーズだったら」という会話を楽しみつつ、三人はさらに湯の湖を見た後、戦場ヶ原のきた道を逆に折り返し、夕方には宿に帰った。

 翌日の朝、バスで日光市内へ戻ると、午前中に東照宮等の名所を見物して、午後には東武線特急「けごん」に乗り込んで、東京方面へと向かった。
 さすがに帰りは鈍行に揺られていくほどの体力、気力が三人に残っていなかったのだった。


             


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