第5章 白雲編

        3.赤いテレキャスターの逆襲(3)

 1974年も、暑い夏がやってきた。駿台の夏期講習は、8月中旬の10日間であった。
「文系の学部を、数学選択で受ける。」
 それまで受験勉強に、まったく本格的に取り組んでこなかった秀だからこそできる、思い切った作戦といえた。
 受験本番前半年あまりで、やっとスタート・ラインに立ったばかりという状態は、極めて情けないものではあるが、それを逆手に取ったつもりであった。

 夏休みに入ってすぐの7月下旬、秀は浩二、次郎とともに、日光へ2泊3日の旅行に行く事になった。
 浩二のお父さんが勤める会社の宿泊施設が奥日光にあり、それを利用して受験勉強の気晴らしに行かないか、という浩二の誘いに秀と次郎が乗ったのである。丈は家の用事があり、参加しなかった。
 初日の朝、柏駅で待ち合わせた三人は、小遣いを節約しようと、東武線の鈍行や準急を乗り継いで行こうと話し合った。
 バンドを組んでいる友達同志、道中退屈する心配はまったくない。
 隙あらば小遣いを浮かせて、レコードや弦やピックを買おうという年頃であるから、電車に乗る時間が長くなることぐらい、屁とも思わないのであった。
 東武野田線で北上し、春日部で日光線に乗り換える。
 ベンチャーズや高校の女の子の事、ついでに受験勉強の事などで話題には事欠かなかったが、さすがに鈍行の旅は長い、と三人が後悔し始めた昼の12時近く、ようやく日光に着いた。
「いやあ、さすがに長かったな。」
 改札を出ると、浩二が両腕をグーッと上げて伸びをした。背の高い次郎は車中窮屈だったのか、さかんに腰を回してほぐしている。
「やっぱり空気が違うね。ちょっと寒いぐらいだ。」
 秀も市内のビルの向こうに見える山並みを眺めながら、深呼吸をした。
 昼食は電車の中で、各々が持ってきた弁当を食べて済ませている。
 駅前からバスに乗って、いろは坂を登り、途中下車して、まず華厳の滝を見物した。

          

 あまりにも有名で、当たり前すぎる存在であると思っていた華厳の滝であったが、実物を間近で見ると、その壮麗な姿には圧倒されるものがあった。
「やっぱりすごいね。ベンチャーズの曲で言えば、十番街の殺人ってとこかな。」
 次郎が高ぶった声で言った。
「そうだね、十番街かキャラバンだね。」
 ベンチャーズの曲名に例えて日光の名所の格付けをする次郎のセンスに、秀も同調した。
 ひとしきり華厳の滝の美しさに見とれた後、三人は再びバスに乗って、中禅寺湖を目指した。


             


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