第5章 白雲編

       2.赤いテレキャスターの逆襲(2)

 7月中旬になって、さらにベンチャーズの追加東京公演が9月16日に日比谷野外音楽堂で行なわれる事が発表された。情報を仕入れたT.A.D.のメンバー四人は、さっそく話し合った。
「俺、絶対見たいなあ。みんなも行こうよ。」
秀の言葉に、丈が真っ先に答える。
「もちろん行くよ。」
「9月16日か。松戸にも行くけど、もう一回ぐらい見てもいいよな。」
 浩二が賛成すると、次郎もやぶさかではない、という顔でうなずき、
「俺も行くよ。やっぱり東京公演も見ておきたいからな。」
 これで日比谷野外音楽堂公演も、四人揃って見に行くことが決まった。

 さて、受験生としての夏を迎えた秀ではあったが、進路の方はまだまだ混沌とした状態であった。
 そもそも将来どういった方向で社会人としてやっていくのか、それが自分でもまったく見えていない。従って、どこの大学でどんな勉強をすべきなのか、それがはっきりしない。ただ単に当時の風潮に倣って、本人も親も「大学へは行くものだ。」というのが、秀の家庭内の雰囲気であった。
 ただ一つはっきりしているのは、秀が理科系ではないという事だけだ。数学や物理や科学よりは、歴史の方がまだ興味があった。
 私立大学の受験科目は、通常国語、英語と選択科目の3教科であったが、その選択科目を何にするかが、まだはっきり決められずにいた。
 歴史にいくらか興味があるといっても、小さい頃「太閤記」や「源平盛衰記」を読んで、その本がおもしろいと思った程度のものだ。学業としての歴史は、数学や物理と同じように退屈きわまりないものであった。

 そんな折のある日、秀は2年生の時同じクラスだった宮地和巳と、休み時間に受験談議をしていた。
「虹は予備校の夏期講習とかは受けないの?」
「今のところ考えてないけど。」
「ああ、君はかなり出遅れてるようだから、受けておいた方がいいんじゃないのかな。」
「そうかなあ。」
「人並み以下の努力じゃ、とても第1志望なんて受からないぜ。」
「うーん、そうだよなあ。」
 こと勉強に関しては、まったく自信も実績もない秀には、宮地に返す言葉もない。
 すると、宮地はたたみかけるように、こんな事を言い出した。
「俺、駿台の夏期講習受けるんだけどさ、申し込んだのと別のコースに変えたいんだよ。よかったら虹、俺のコース、代わりに受けないか?」
 代わりに受けると言っても、要はそのコースの授業料は、秀が自分で払うのだが。
「え、君の選んだコースを代わりに受けるって、科目は?」
「俺は国立志望だから、国、英、数の強化コースなんだ。」
「じゃだめだ、俺は文系だから。受けるとしたら、国、英の他は世界史か日本史じゃなきゃあ。」
 即座に断ろうとする秀に、宮地は「チョッチョッ」と舌を鳴らしながら、右手の人差し指を口の前で左右に振った。
「文系こそ、数学で受けるのが狙い目だよ。君はまだ、正式に受験科目を決めた訳じゃないんだろう。」
「まあ、そうだけど。でも数学は苦手中の苦手だから、だめなんだ。」
 煮え切らない秀に、宮地はとどめを刺すようにまくし立てた。
「今からなら間に合うって。文系を数学で受けると、社会科で受けるより、かなり有利なはずなんだよ。」
 そう言われれば、そんな気がしてくるのが、秀のいいところでもあり、悪いところでもあった。
 結局秀は、親とも相談の結果、宮地から駿台夏期講習の受講票を買い取り、夏休みの中盤に、お茶の水の駿台予備校へ通う事になったのである。


             


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