第5章 白雲編

       1.赤いテレキャスターの逆襲(1)

 秀、丈、浩二、そして次郎が高校時代の想い出のすべてをかけたコンサートは終わった。
 表向きのバンド活動は、事実上停止状態となり、メンバー全員、本格的な受験生活へと入っていった。
 とはいうものの、遊びと勉強の切り替えが早い次郎以外の3人は、どうにもエンジンのかかりが悪い。
 しかも7月に入れば、ベンチャーズが来日する。受験勉強に打ち込むには、極めて環境の悪い状態で、気もそぞろの秀であった。
 来日前の情報によれば、ベンチャーズは今年も女性歌手を同行させるとの事であったが、バンドとしての基本的なスタイルが変わらないはずなのは、去年のコンサートを見て、もう十分にわかっている。
 秀は,去年のように2階のB席を買うような過ちは、二度と犯すまい、心に決めていた。
 そして、今年はT.A.D.のメンバー全員で、一緒にベンチャーズを見たかった。

「もうすぐベンチャーズが来るけど、どうする?」
 6月下旬ののある日土曜日の放課後「日立庵」という日本そば屋で、丈、浩二、次郎と昼食をとっていた時、秀はみんなに聞いてみた。
「俺は行くよ。去年より前の方で見てみたいもんな。」
 丈の即答が返ってくる。
「うん、俺も行くよ。」
と浩二。次郎も大きくうなずいて、
「俺も行く。受験勉強があるといっても、たまには気晴らしが必要だからな。」
と参加表明だ。
 秀はニンマリとして、
「よし、今年は四人で一緒に見よう。もうそろそろスケジュールが出てるはずだから、調べてみるよ。」
 来日直前の6月下旬といったら、もうベンチャーズのコンサート・ツアーの大半のスケジュールは決まっていて、多くの会場ではチケットもとっくに売り出されていたに違いない。
 相変わらず何も知らないがため、のんきな秀なのであったが、丈と協力してスケジュールを調べたところ、8月1日に松戸市民会館で公演がある。これは狙い目だ。

 7月に入ってすぐ、秀と丈は松戸の伊勢丹デパート内にあるプレイガイドに行き、チケットを4枚買った。
 前から12列目の真ん中やや左、という位置であった。スケジュールを調べた時点で、発売日を把握せずにいたツケである。
 帰りの電車の中でチケットの座席番号を見ながら秀は、
「12列目かあ。去年に比べりゃずいぶん前だけど、もっと前の方で見たかったなあ。ノーキーがピックを投げても届かないよ。」
と嘆いた。去年のダイナミックス公演において、最前列で鑑賞する魅力を知ってしまった事が、やはり大きかった。
 丈は同行する女性歌手の名前が記されているのを見て、眉をひそめた。
「ヴォーカル、レイシャー・カリーだって。また訳のわかんない女性歌手連れてくるのかよ。いやだなあ。」
 秀も大きくうなずく。
「いらないんだよな、女性歌手なんてさ。」
 これが数か月後には、この女性歌手に対して「リーシャ、リーシャ!」と騒ぐ事になる少年達のものとは思えないセリフである。
 チケットに「レイシャー・カリー」と書かれた女性歌手は、来日後の正式名称は「リーシャ」となり、なかなか魅力的なトランジスタ・グラマーであった。
 しかし秀も丈も、リーシャに対して浅田美代子や麻丘めぐみのようなアイドルと同レベルの憧れを抱く事になろうとは、この時点では想像すらできなかったのである。


             


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