47.地平線の彼方に(14)

 いったん楽屋に引きあげた四人は、あらためて顔を見合わせた。
「終わったな。」
 浩二がグレコのSGのストラップをはずしながら言った。
 ドラム・ソロの熱演で汗びっしょりの丈は、タオルで汗を拭いながら、
「疲れたー。」
と一言。
 次郎はやや放心したように、部屋の一点を見つめている。
 秀はみんなの顔を見渡しながら、
「よかった、よかった。」
と繰り返した。何がよかったのかわからないが、とにかくすぐには気のきいた言葉など出てこない。
 ほっと息をつく暇もなく、普段は音楽室を練習場所としている音楽部の部長が入ってきて、
「すみません、音楽部の練習があるので、至急かたずけてもらえませんか。」
と言ってきた。
 やれやれ、ここがすべて自前でやらなければならないアマチュア・バンドの悲しいところだ。
 本物のベンチャーズのように、演奏が終わったら車に乗り込んで、ハイ、さようなら、という訳にはいかない。
 流れ落ちる汗もそのままにして、メンバー全員と原田、宮田君は機材の片付けに入った。付き合いで志垣も手伝ってくれた。演劇部の後輩達には、照明機材の撤去だけを頼んで、丁重にお礼を言っておいた。
 暗幕をはずしてたたみ、客席のイスをかたずけ、ドラム・セットを分解し、アンプ類とともにクラブの部室棟まで運び終わるまで、全員無我夢中だ。

 すべての片付けが終わって、全員が演劇部室に落ち着いた時には、元気な顔をした者は一人もいなかった。
「腰がいてえよ。」
と浩二。
「腕がしびれる。」
と丈。
 秀はぐったりして声も出ない。
 原田、宮田君、志垣もイスに座り込んで、放心状態である。
 体が大きく、一番体力のある次郎が、
「腹へったな。」
と言った。全員若いので、疲れても腹だけは減る。
「そうだな。仲屋でも行って、昼飯にするか。」
浩二が答えて、立ち上がると、みんなもうなずいて、従った。
 ぞろぞろと仲屋の店内に入った7人は、座敷のテーブル二台を占領して、ドッカと座り込んだ。
「俺、タンメンね。」
「俺は焼肉定食。」
「僕はチキンライス。」
「えーと、上海焼きそばかな。」
 次郎、浩二、丈、秀は「いつもの」という感覚で、注文が早い。原田、宮田君、志垣も各々好きな物を注文して、ささやかな「打ち上げ会」が始まった。
「お客さんもけっこう入ったし、まあまあ成功だったんじゃないか。」
「演奏もそんなにミスしなかったし。」
 浩二と秀のやりとりから始まって、
「バスドラをもっとしっかり床に固定しとくんだった。ツイン・バスの時に、少しずつ前にずれちゃって、まいったよ。」
と丈が不満そうに言えば、次郎は、
「OFFICE-B400がいい音出てたんで、最高だった。」
と満足そうだ。
「なかなか宇月さんやアレキサンダーみたいに、うまくしゃべれなかった。やっぱりあの人たちは凄いよ。」
 原田が疲労気味の顔色を見せるのに対し、宮田君の表情は明るい。
「こんなにたくさんマイク使って録音したの初めてだから、すごく楽しかったよ。早く音を聴いてみたいね。」
 すると奥の壁際に控えていた志垣が、眼鏡を光らせて、秀に言った。
「一年生の時は、俺が作ったラジオのアンプで一人淋しくやってたのに、今日みたいなコンサートができるようになってよかったな、虹。」
 そう言われれば、メンバーも見つかるあてもないあの日々から、約二年。丈、浩二、次郎と知り合ってからは、夢のような毎日で、今日がその集大成のようなものだった。
「ほんとだね。」
 誰に言うともなく、天井を見上げて秀はつぶやくのだった。
「まるで、雲の上にいるみたいだ。」

     -----第4章 飛翔編 完-----

             


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