46.地平線の彼方に(13)

 去年の文化祭とは違い、今日は司会の原田がいるので、メンバーがステージから引き揚げても、お客が帰ってしまう心配はない。「彼らは今、楽屋に引き下がります。アンコールですよね、ハイ、アンコール!」
 原田が、宇月陽介とアレキサンダーをごちゃ混ぜにしたMCで絶叫している。
 ベンチャーズの実況録音盤など聴いたこともないであろう客席から、戸惑ったような手拍子がまばらに響いてきていた。
 秀、丈、浩二、次郎の四人は、額の汗をぬぐいながら顔を見合わせ、ニヤリと笑うと、再びステージへと戻った。
 原田がもう、ネタが尽きてグッタリした表情になっていたが、所定の位置についた四人を見ると、気を取り直してじゃベリ始める。
「葉山次郎、中尾 丈、虹沢 秀、小林浩二、ともに再び戻ってまいりました。さて、アンコール・ナンバーは何ですか?」
 ここは、最前列で「ミキシング・コンソール」を操る宮田君と志垣が気をきかして、
「キャラバン・・・・・」
 と、遠慮がちな声ながらもフォローしてくれた。
「キャラバン? OK、それではお送りしましょう、アンコール・ナンバー、キャラバン!」
 丈が背筋の伸びた姿勢でシンバルを強打し、タムタムを叩き始める。2小節待って秀がメロディーを弾き始め、同時に浩二と次郎も加わってくる。
 全レパートリーの中でも、三本指に入る難曲である。さすがに秀も完全なコピーはできなかったが、特に念を入れて練習していたので、途中でつかえるような事はなかった。決め技のトリルやハンマリング・オン、プリング・オフをノーキー・エドワーズばりの笑顔で決めて、テーマとアドリブを弾き終えた。あとは丈のドラム・ソロにバトン・タッチだ。

      

 バス・ドラムとハイハットをずっと継続して規則正しく踏みながら、タムタムを16分音符で叩きまくる丈を残して、次郎、秀、浩二は楽屋に引き下がる。
 ステージから響いてくる丈のドラム・ソロを聴きながら、三人は顔を見合わせて微笑んだ。
「いやー、けっこうお客さん入ってるね。」
浩二が満足そうに言った。
「立ち見の人もいるもんね。」
秀もチューニングを微調整しながら、明るい表情だ。
 この後「ベース打ち」の出番が控えている次郎だけは、やや緊張した面持ちで、丈のドラム・ソロの進行具合に集中している。
 やがて丈がトップ・シンバルを「キンキン・キキン・・・」と叩きはじめた。これが次郎の出番の合図だ。
 次郎はキュッと唇をかみしめて、バイオリン・ベースを抱えてステージへと出て行った。
 カーテンの隙間から、秀と浩二、原田が覗きこむようにして、その姿を見守る。
 トップ・シンバルを打ちながら、スネアやタムタムを入れて待つ丈のドラム・セットをぐるっと次郎が回り込み、ハイハットの横に立つ。そして、バイオリン・ベースのボディーを持ち上げるようにして、ネックはほぼ水平に構えた。
 丈はスネアとタムでお決まりのフレーズを決めると、ステージ向かって右側に体をひねり、右手に持ったスティックで、次郎が5フレットを押さえて待つベースの4弦を強打した。
「ベーン!」
 パーカッシブな低音がベース・アンプのスピーカーをゆらし、場内に響き渡った。
 客席は固唾を飲んで、丈と次郎のアクションを見守っている。
「ベンチャーズ・イン・ジャパン」以来、すっかりお馴染みになった「キャラバンのベース打ち」の再現だ。
 決してリハーサルも十分ではなかったにもかかわらず、二人の息はぴったりと合っていた。お互いに耳にタコができるほどレコードを聴き込んでいるので、フレーズもタイミングもすっかり体にしみ付いていたのだろう。
 丈はこの間も、規則正しくバスドラムとハイハットを踏み続けている。
 一端次郎がベースのボリュームを絞り、パラディドルで叩く部分がフェード・アウト気味にが小さくなると、丈は速い6連符で連打を回転させた。
 再び次郎がボリュームを上げ、フレット・ボードを押さえた左手を激しく上下にスライドさせる。
 本物のベンチャーズを知る人がほとんどいないであろう客席から、自然に拍手が湧き上がった。
 ひとしきり丈と次郎のグラインドが続いたあと、再び最初のフレーズに戻り、丈がベースを打ちながらスネアを叩く。
 丈が完全にドラム・セットに向き直ると、次郎はドラム・セットを離れ、ベース・アンプの前に戻って待機する。
 やがて丈が静かにタムタムのロールを始めた。「嵐の前の静けさ」だ。
 秀と浩二は目を見合わせてうなずくと、ステージへと向かった。
 丈は秀と浩二が自分のアンプにギターを接続したのを確認すると、徐々にロールの音量を下げた。そして再び上げる時には、ハイハットを踏んでいた左足を、左側のバス・ドラムに移動していて、波がうねるように、左右のバスドラムを踏み始めた。
 何度かのうねりの後、ツイン・バスドラムの連打に乗せて、丈の両手が千手観音の如く舞い乱れ、嵐のような連打で場内を圧倒した。
 そして、シンバルとスネアによる合図のフレーズとともに、照明が丈だけに当てられていたスポットから、ステージ全体に切り替えられた。

     

 秀、浩二、次郎そして丈は、最後のテーマ部分を、感慨を込めて演奏した。
「キャラバン」をエンディングまで演奏し終えた四人は、その日一番盛大な拍手をくれた客席に向かって、深々と頭を下げた。

 高校生活の最後の記念となるであろうコンサートは、こうして幕を閉じたのであった。


             


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