44.地平線の彼方に(11)

 一端楽屋に戻ったメンバー四人は、汗を拭いたりして一息入れた。
「いくらかチューニングが甘くなってきたから、もう一回合わせておこう。」
 秀がA=440の音さで調弦しなおすと、浩二、次郎もそれにならった。
 チューニングが合っているか合っていないかで、演奏自体の聴こえが、かなり左右される。メンバー全員のチューニングがしっかり合っていれば、テクニックがなくとも、そこそこのサウンドに聴こえるものなのだ。この頃は安価なチューニング・メーターなど市販されていなかったので、チューニングはもっぱら自分の耳に頼るしかなかったが、かなりの慎重さを求められた。
 丈はその間にも、スティックでイスを叩き、基礎練習に余念がない。

 SGのチューニングを終えた浩二が、ふいに立ち上がってステージに歩いていくと、何かを取って戻って来た。
 それは、秀の赤いテレキャスターだった。そしてなんと、
「虹が使わないんだったら、2部の最初だけ俺が弾くよ。」
 と言って、テレキャスターのチューニングを始めたではないか。
「お、おい、赤いテレキャスターを弾くドン・ウィルソンなんて、聞いたこともないぞ。気持ち悪いからやめようよ。」
 目を点にして反対する秀に、浩二はいたずらっぽい笑顔で、
「いいじゃないか。こいつにもスポットを浴びせてやんなきゃかわいそうだ。」
と答え、ストラップを装着してしまった。

 あっという間に5分間が過ぎ、メンバー四人は再びステージに戻り、配置につく。
「Ladies and Gentlemen・・・・・」
 原田のMCが割れたマイクの音で入ると「クルーエル・シー」で第2部開始だ。
 ヘッドホンを耳にあて、真剣な表情で最前列に陣取る宮田君の横には、いつの間にか志垣恒一が眼鏡を光らせていた。
 客席後方では、これまたいつの間にか、今ではブラスバンドの部長となっている中田源治が、腕組みをして立っている。
 後で聞いた話では、この日は中田の配慮で、ブラスバンドの練習開始時刻が二時間繰り下げになったらしい。T.A.D.のステージを部員が見学できるようにである。

 クルーエル・シーのメロディーを弾きながら、秀がふと横を見ると、浩二がニコニコしながら赤いテレキャスターを「スチャスチャ」とカッテイングしている。SGを弾いている時と、ほとんど同じ音が出ているのはさすがだが、どう見ても違和感がある。
 浩二の遊び心のセンスには、度々感心させられる事の多かった秀だが、この時ばかりは苦笑いであった。



 「クルーエル・シー」が終わると、浩二は素早くギターをSGに持ち替えた。
 間が空き過ぎない絶妙のタイミングで、丈がバスタムを6連符で連打する。
「ドライヴィング・ギター」だ。
 去年の文化祭では、ゲスト出演の次郎に譲った名曲を、今日は二郎のベースをバックに秀が弾く。なんとも感慨深い気分であった。
 サビのハーモニクス・クロマチック・ランも決まり、最後のテーマ前のドラムのフィル・インでは、擬似スモール・タムを駆使した丈の「ジョー・バリル奏法」が炸裂した。
 エンディングは浩二がSGをアーム・ダウンした。
 1975年7月、新宿厚生年金ホールで、ノーキーがドライヴィング・ギターのエンディングで6弦のぺグを一気に緩めてから元に戻す、という神業をやってのけるのを目の当たりにするまでは、秀も浩二も、この曲のエンディングは、ドンのアームによるプレイだとばかり思っていたのである。


              


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