39.地平線の彼方に(6)

 そこへ、授業を終えた原田や宮田君もかけつけた。客席のイスのセットを二人に任せ、四人はステージのセッティングにかかった。
 立ち位置は、ステージ向かって左側から、次郎、丈、秀、浩二の順だ。本物のベンチャーズが、ボブ、メル(またはジョー)、ノーキー、ドンの順に並んでいるのを見たことはなかったが、去年の文化祭と同じ配置で、T.A.D.の四人はこれが一番やりやすいのだ。
 次郎は自作スピーカー・ボックスの「OFFICE-B400」
 秀は二郎が中学時代の友人に借りた、パールの120Wツイン・リバーブ・タイプ。
 浩二は秀のエーストーン35Wと、どこからともなく仕入れてきたエルクの30Wを並列につないでいる。
 これらのアンプが、中央左寄りに鎮座した丈のツイン・バスのドラム・セットをはさんで、ステージ後方に並べられた図は、なかなかのものだった。

 イスのセッティングを終えた宮田君は、客席中央最前列に陣取り、カセット・デンスケとマルチ・ミキサーをセットしている。原田も録音マイク用のスタンドのセッティングを手伝った。
 照明係の演劇部の後輩達がやってきた。司会の原田が進行表を渡し、細かい打ち合わせを始めた。
 本番45分前には、全てのセッティングが終わった。休む間もなくサウンド・チェックに入る。
 秀も浩二も次郎も、セッティングで疲れたためか、チューニングがすんなりと決まらない。
 丈は小首をかしげながら、スネアやタムタムのリムのネジを、対角線を守りながら回し、皮の張り具合を微調整している。
「何か1曲やってみて。バランスとるから。」
 ヘッドホンをかぶった宮田君が、ステージ上の四人に声をかけた。
「何やろうか。」
「オープニングの曲でいいだろう。」
「よし、ワイルドで行こう!」
 宮田君の合図で丈のカウントが入り、リハーサル演奏の開始だ。
 アンプやドラム・セット、その他機材に異常はない。秀のレスポールはナチュラルに歪み、甘いトーンだ。浩二のSGは'72年のドン・ウィルソンと同じ音だし、次郎のOFFICE-B400も、'71年のロイヤルのアンプのような音だ。というより、秀の耳には、そう聴こえた。
 丈のドラムは、防音設備の整った音楽室の、客席の後ろの壁に当たってなお強烈にはね返って来る迫力だった。
 1曲演奏しただけで、リハーサルは終わった。とにかく時間がない。
 宮田君がすぐに今録音した部分を巻き戻す。それを浩二がヘッド・ホンで聴いて、手早くミキサーのつまみを微調整する。
「バスドラをもう少し上げて、虹の音をちょっと下げるか。ベースはよし、と。」
 秀もちょっとだけ聴かせてもらい、こっそり自分のパートの録音レベルを、浩二が下げた分の半分だけ上げた。
「15分前だぞ。そろそろ開場しなくちゃ。」
 原田が、音楽室の入り口からチラチラと覗き込む生徒達を見て言った。
「よし、準備OKだ。開場しよう。」
 秀が演劇部の後輩に合図すると、入り口のドアが開かれ、ポツリポツリと見物の生徒達が入ってきた。
 秀と丈、浩二、次郎、そして原田は、楽屋がわりのステージ横の小部屋に引き下がった。
 リハーサルで秀、浩二、次郎とも若干チューニングが甘かったので、もう一度念入りにピッチを合わせる。
 その横で丈は折りたたみイスを叩き、パラディドルの練習をしている。

 その間に、客席は徐々にうまっていくようだった。
 一番多いのは、やはり丈と浩二の所属しているブラスバンド部員である。
 中には丈の直接の後輩である、パーカッション担当の下級生部員も顔を見せていて、3年生の先輩女子部員から、
「中尾君の叩き方をよく見ておきなさい。セット・ドラムのお手本よ。」
などと言われている。
 秀の人脈である演劇部の生徒達は、ことごとくこのコンサートのスタッフになってしまっている。
 客席にはこの他、メンバー各々の知り合いが少々と、あとは通りすがりの生徒達で、50席ほど用意した座席は、8割方うまっていった。
 文化祭の時のように、通りかかりの人が大勢いるわけではないので、これでも予想外の入場者数といえた。

 1時になった。
「よーし、行くか。」
 浩二がSGを抱えて立ち上がった。
 秀はレスポールのストラップを肩にかけてステージへ向かう。
 丈もパラディドルの練習を止めて、続く。
 最後に次郎がバイオリン・ベースを軽々と持ち上げて楽屋を後にした。
 ステージそででは、司会の原田がマイクを手に、彼には似合わぬ緊張の面持ちで立っている。
 その横を通り過ぎる時秀は、
「頼むよ!」
と一声かけて、原田の肩を叩く。原田はひきつったような笑顔で、軽くうなずいた。


             


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