36.地平線の彼方に(3)

 そんな折、妙な男が秀の前に現れた。
 原田裕介という男で、T.A.D.の四人とは同級生だったが、誰とも同じクラスになったことがない。演劇部室と同じ並びに部室がある、英語研究会あたりに所属しているらしい。
 秀がいつものように演劇部室でギターをアンプにつないで弾いていたある日、その音に誘われて、フラリと覗きにきたのがきっかけだった。
「ふうん。ベンチャーズってよく知らないけど、君は今時あんまり流行らない音楽をやっているんだね。」
 などと言うので、秀は原田にまったくいい印象を持たなかったのだが、それ以来秀が部室でギターを弾いたり、テープ・レコーダーでベンチャーズの曲を流したりしていると、ちょくちょく覗きに来る。
 どちらかというと、変わり者というイメージの男で、それまでに付き合いもなかったので、うさんくさい気がして、秀も放っておいたのだが、顔出しがあまりに頻繁なので、一度試しに、
「興味があるなら、ベンチャーズのレコード貸してあげようか。」
と言ってみた。
 すると、普段キザにすましている顔が一瞬ほころび、
「ほんと?一度聴いてみたかったんだ。」
などという返事がかえってきたではないか。
 さっそく秀は翌日「オン・ステージ’71」と「オン・ステージ’72」を原田に渡した。
 さらに次の日の昼休み、演劇部室に原田が興奮した面持ちで入って来た。
「聴いたよ、ベンチャーズ。あんなにいいとは思ってなかったよ。すごくいいじゃないか。」
 どうせ冷やかし半分で、ろくでもない感想を聞かされるんだろうなあ、ぐらいに思っていた秀は、原田の意外な言葉に、
「え、ベンチャーズがよかったって?」
と、思わず聞き返した。原田は、
「今時、ああいう演奏するバンドっていないじゃない。逆にすごく新鮮だったよ。」
などと言って、手放しでベンチャーズを賛辞している。
「特に'71年がよかった。」
とも言うので秀は、やれやれ、またジェリー・マギー派が増えたか、と思った。秀自身、このところレスポールばかり弾いていて、かなりジェリーの影響を受けているにもかかわらず、他の人には、
「ジェリーもいいけど、まずノーキーありきだね。」
と言ってほしいのだ。
 しかし原田が「オン・ステージ’71」を気に入ったのは、まったく意外な理由からだった。
「司会の人の喋りがすごくいい。」
と言うのだ。
 もちろん秀をはじめ、T.A.D.のメンバー全員'71年の司会の宇月陽介氏の独特な話術には心酔していたが「部外者」でこんな事を言う奴は初めてだった。
「あの、間をあけたり、長いセンテンスを一気に喋ったりするところなんか、すごいテクニックだと思うよ。」
 原田は、ギター少年がギタリストを分析して感想を述べるがごとく、宇月陽介氏の司会ぶりを語るのであった。
(こんな奴は初めてだ。)
 はじめは原田をうさんくさいと思っていた秀であったが、だんだんこの男と話すのが面白くなってきた。
 ベンチャーズ・ファン同士の会話といったら、普通はノーキーやジェリーのギター・テクニックとか、ドンのカッティングやボブのベース、メルやジョーのドラミングが話題となるはずなのだが、原田との会話では、そんな事はいっさい出てこない。ひたすら宇月陽介やアレキサンダー1世の話術に関して、熱く語るのである。
 原田は特に宇月氏の「ハートに灯をつけて」を紹介する前の、長いセンテンスを一気にたたみかける部分が一番のお気に入りで、
「あの喋りはすごいよ。素人じゃ、とても真似できないよ。」
と絶賛した。
 秀がノーキーやジェリーにあこがれるのと同じ次元で、原田は「司会者、宇月陽介」にあこがれているようだった。
 あまりに原田が熱心なので、
「そんなに宇月さんが気に入ったんなら、俺たちのコンサートで司会やってみるか。」
と秀が冗談半分で言ってみると、原田は目を輝かせて、
「やる、やるよ。やらせてよ!」
と、本気で乗ってきた。
 コピー・ギタリスト、コピー・ベーシスト、コピー・ドラマーはいくらでもいるだろうが「コピー司会者」というのは、前代未聞であった。


             


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