34.地平線の彼方に(1)

 春休みが明け、新学期が始まった。
 クラス替えがあったので、掲示板を見に行くと、なんと秀と丈は同じG組に編入されているではないか。
「おお、やったね。」
「席は隣同士にしようぜ。」
 二人は互いに、教室でも一緒にいられる事を、手を取り合うようにして喜び合った。
 ちなみに浩二はE組、次郎はH組であった。

 いよいよ受験生としての一年が始まった。
 国立大学を目指し、普段から勉強もしっかりやっていた次郎を除いては、秀も丈も浩二も成績は散々で、2年生の時、追試の教室には三人のうち、必ず誰かの顔がある、という状態であった。
 プライベートな事に関しては、割と独自の道を歩む浩二の動向は、かなり謎に包まれていたが、秀と丈の二人は進学について、お互いなんでも開けっぴろげに話し合った。
「俺、早稲田って、名前がカッコいいと思う。」
 高校三年にもなって、まだこんなレベルでしか物を言えない秀も情けないが、
「そうか、じゃあ、二人で早稲田を目指そうぜ。」
と乗ってくる丈も丈である。
 二人とも、自分の学力と早稲田大学の難易度を考えずに物を言っている。
「今から頑張れば、なんとかなる。」
 そんな甘い考えなのだが、本当にこの時期からでも本気で頑張るのなら、まだ救いがあるが、この二人が勉強を本気で頑張る訳がないのは、明白であった。
 一口に早稲田大学といっても、学部によって難易度も異なるが、秀と丈の成績は、学部うんぬんという問題以前の状態であった。

 受験に関しては、自分自身の中で、まだ混沌とした状態のまま、秀も丈も浩二も、6月15日のコンサートに向けて、練習に精を出した。
 丈と浩二はその他にブラスバンドもやっているのだから、まともに勉強をする暇がある訳がない。
 メンバーの中では唯一、次郎だけがバンド活動をしながらも、しっかりと勉強をこなしていた。そんな部分もあって、他の三人から「ハカセ」と呼ばれていたのだ。

 次郎は手先もなかなか器用だった。
 ある日の昼休みに、軽音の部長となった小和田が、
「アンプのヘッドが1台遊んでるんだけど、スピーカーがないから使い物にならないんだ。虹ちゃん使う?」
 というのを秀が、
「じゃあ、とりあえず預かっておくよ。」
といって借りてきたのを見て、
「よし、スピーカーは俺が作ってみよう。」
という。
 放課後、丈と浩二はブラスバンドの練習があるので、秀と次郎は二人で校内をあさりまわり、大き目の板切れを5〜6枚拾い集めてきた。
 演劇部室で二郎は手早く寸法を決め、演劇部の備品のノコギリで板の大きさを整えた。
「うまいもんだねえ。電動ノコギリで切ったみたいに真直ぐ切れてるじゃないか。」
 次郎のノコギリさばきに、秀はひたすら感心した。
 翌日には次郎は秋葉原へ飛んでいき、口径30センチのスピーカーを調達し、その足で演劇部室に舞い戻り、家から持ってきた糸ノコで、スピーカーの大きさに合わせて丸い穴をあけた。
 そして、その週の土曜日には、黒く塗られた立派なスピーカー・ボックスが出来上がってしまった。
 高さ90cm、幅60cm、奥行き30cmほどの、ちょっとした物である。下部の四隅には、ちゃんとキャスターもついている。
 次郎はさっそく、小和田に借りたアンプのヘッドとスピーカー・ボックスを接続し、バイオリン・ベースの音を出してみた。
 アンプのヘッド、スピーカーともに、とりたてて「ベース・アンプ」の仕様でないにもかかわらず、深みのある低音で、いい音が出た。ずっと横で見ていた秀が、
「すごい。とても手製のスピーカー・ボックスの音とは思えないね。」
と絶賛すると、次郎はボブ・ボーグルのようにニヒルに笑った。
「材料費はスピーカー代とペンキ代とキャスター代だけだもんな。それにしちゃあ、まあまあかな。」
 次郎はさらに、日曜大工屋へ飛んでいって、黒いネットを買ってくると、スピーカー・ボックスのフロントに張った。そして、文房具屋で買って来た「OFFICE」というプラスチックのドア用の札を、フロント左上にネジで固定する。もう、ちょっと見たところは、立派な市販品である。
「まあまあどころか、こりゃ、プロの作品だよ。」

      OFFICE-B400

 全工程のうち、最初に板を拾ってきただけしか手伝っていない秀は、半分あきれていた。
 ブラスバンドの練習の合間を縫って、丈と浩二も覗きに来たが、次郎自作のスピーカー・ボックスの出来栄えには、二人とも目を丸くして、
「輸入品のアンプみたいだ。」
「何台も作れば、売れるんじゃないか。」
と絶賛した。
 いつしかこのアンプは、メンバーの間では、
「OFFICE-B400」
と呼ばれるようになった。


             


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